公立中学が挑む教育改革

2018年10月31日

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多田慎介 (ただ・しんすけ)

ライター

1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。著書に『「目的思考」で学びが変わる 千代田区立麹町中学校長・工藤勇一の挑戦』(ウェッジ)。

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前回の記事で紹介した「定期テストの廃止」のほかにも、千代田区立麹町中学校校長の工藤勇一氏は大きな改革を進めている。それが2018年度から実施されている「固定担任制の廃止」、そして「全員担任制の導入」だ。日本中の学校で当たり前のやり方として定着している風景は、麹町中学校では見られない。急激な変革であるにも関わらず、生徒や保護者、そして現場の教員にも自然と浸透していった全員担任制。同校一のベテラン教員にその背景と現状を聞いた。

千代田区立麹町中学校校長・工藤勇一氏(撮影:稲田礼子)

 固定担任制とは、1学級に1人の担任教員が固定で張り付く制度。つまり、日本で義務教育を受けたほとんどすべての人が経験している制度だ。公立であれ私立であれ、学級運営の方法としては当たり前のものとして浸透している。麹町中学校はその「当たり前」を見直した。

 校長の工藤氏は従来の固定担任制を、「1人の担任に生徒のすべてを委ねることになる制度」だと見ている。それに対して全員担任制は、文字通り教員全員がチームを組んで、生徒にとって最適な対応ができるようにするものだ。面談の時期が来ると、生徒や保護者は「どの先生と話したいか」を選ぶ。自分の成長にとって誰が重要なのかを考えさせ、「人のせいにせず、自分の力で生きていける子ども」を育てることが大きな目的なのだという。

 一人ひとりの教員にも、それぞれ得意分野がある。それをチームで生かし合うことが、生徒にとっての大きな価値につながる。授業の構成力に長けた教員、ICTの活用に長けた教員、保護者対応に長けた教員……。そんな風にさまざまな個性を持つ麹町中学校の教員の中で、工藤校長が「高い経営意識と常に生徒を優先で考えることのできる教師スピリットの持ち主」と評する人がいる。音楽教諭の小林弘美氏だ。

「あの先生に相談してみたかった」を叶える仕組み

 麹町中学校に赴任して13年目。主幹教諭を務め、定年退職を迎えた後も再任用されて2年目になる。小林氏は、この学校のことを誰よりも知る現役教員だ。音楽を教える教員は1人だけなので、授業では全校生徒と関わることになる。だからこそ生徒のことを「なるべくたくさん知っておきたい」と話す。

麹町中学校に赴任して13年目。主幹教諭を務める小林弘美氏(撮影:編集部)

「音楽って、人によって好き嫌いがはっきり出る教科なんです。だからなおさら、生徒のことをちゃんと理解したい。一つの研究を突き詰めてノーベル賞を取る人はすごいけど、興味の範囲が広くて、いろいろなことを知っている人も素敵でしょう? 会話していて面白い、魅力的な大人になってほしいと思っています。例え音楽に興味が持てないとしても、『シューベルトとモーツァルトの違いが分からない』ようでは残念よね」

 そう明るく話す小林氏も、キャリアの中で自身が固定担任となるクラスを数多く担当してきた。工藤校長が指摘する課題も認識していたという。

「担任の先生によって、クラスのカラーと言うものができあがります。良くも悪くも『学級王国』になりがちで、他の教員はなかなかそこに深く関わることができないんです。もし学級運営がうまくいかなくなってしまうと、かわいそうなのは何よりも子どもたちです」

 生徒は担任を選べない。それが従来の固定担任制では当たり前だった。一方で大人たちは、つまり学校側は、生徒の特性や状況を見てクラス編制を決める。「この子がいるクラスは、あの先生がいいんじゃないか」と勘案するチャンスがあるというわけだ。子どもは選べないのに。

「従来のやり方だと、子どもは我慢しなければいけないこともあります。『あの先生に相談してみたかった』と思ってもなかなかできない。全員担任制ならそのチャンスが増えます」

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