2024年4月24日(水)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年8月3日

農民工を市民に受け入れへ 大改革はできるのか?

 重慶市の改革にはもうひとつ重要な要素がある。すなわち、「開発モデルの転換」である。これまで中国が進めてきた外資の導入や輸出産業に大きく依存するのではなく、内需拡大によって経済発展を目指す。そのために企業と連携して正規雇用を増やし、長年出稼ぎ生活を送っている農村出身の労働者「農民工」を正式な市民として受け入れ、生活の基盤を築いた新市民にしっかり税金を納め、消費してもらうという(注:中国には農村と都市を区分する戸籍制度があり、農民工は簡単には都市の市民権を得ることができない)。重慶市の黄奇帆市長はメディアに対して、ヒューレット・パッカードやシスコといった有名企業を誘致し、その8割の部品を重慶で生産する形で300万人の雇用を創出し、20年までに1000万人の農民を都市に移住させると説明している(詳しくは『外交』No.5の拙論を参照 http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/gaikou/gaikou.html)。

 このいわゆる「重慶モデル」は、既得権益層の保護に走ってきた中国の経済政策をひっくり返すかのような画期的な計画だ。しかし、課題は山積している。1000万人という大規模の農民の戸籍を短期間で転換し、古くからの市民と完全に同じレベルの社会保障を受給させるというが、彼らが都市で順調に生活の糧を得て、社会に順応するためのサポートは十分に行われるのだろうか。企業と連携して雇用を創出するというが、企業は保険費用を支払うことができるのか。企業が負担する年金掛金及びその他税金は、今の1.5倍になるといわれている。人口の増加に伴う基礎インフラは確保できるのか。

 戸籍制度は中国の格差問題の根源であり、長年その改革は懸案事項となっているが、制度の抜本的な変更や廃止は現実的に考えて難しい。重慶市の計画に対し、「非現実的であるにもかかわらず大々的に宣伝している」「短期間にトップダウンで実施しようとしており、結局はパフォーマンスで終わるだろう」という声が出ている。

「黒」を制しても「赤」を煽っても変わらない中国

 中央政治局常務委員会入りを目指す薄熙来は、重慶市書記の前任者である広東省の汪洋書記などのライバルをかなり意識しているといわれている。一連の改革が政争の具でしかないなら、投入されたエネルギーや資金はどう回収すればよいのか。それだけでなく、副作用として、さまざまなひずみを社会にもたらす可能性さえある。

 腐敗が横行する根本的な原因は、民主制度の欠如である。中国は早急に権力の暴走を阻止する制度を構築すべきである。政治改革を実行しないまま「黒」を制しても、「赤」を煽っても、中国の抱える矛盾は解消できないだろう。

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◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
※8月より、新たに以下の4名の執筆者に加わっていただきました。
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学准教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
◆更新 : 毎週月曜、水曜

 

 


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