2024年12月2日(月)

さよなら「貧農史観」

2011年8月11日

「農業就業者減少」「高齢化」「経営規模が小さく競争力がない」等で語られることが多い日本の農業。背景には、農家が貧しくて弱いとの「貧農史観」が現代の農政のなかにも生きているからではないか。だが、すでに、逞しい農業経営者は育っている。そろそろ「貧農史観」の色眼鏡を外そう。

 「貧農史観」という言葉をご存知だろうか。江戸時代の農民が乏しい生産力の下で凶作・飢饉に襲われ、しかも六公四民や五公五民という高率な年貢によって収奪されて困窮していたとする歴史認識である。しかし、江戸時代の「農書」研究(例えば、『貧農史観を見直す』〈講談社現代新書〉)が進むにつれ、この認識は改められてきている。17世紀中の検地に基づく年貢率は農業生産技術の進化によって実質的に四公六民ないしは三公七民あるいはそれ以下のレベルに低下し、さらに、都市の成長に伴って米以外の茶、桑、綿、菜種、煙草などの高収益な作物生産も増えたからである。

7.4%の農家に着目すべき

 この貧しくて弱い農民・農村・農業という先入観に基づく「貧農史観」の図式は現代の農政のなかにも生きていると言えよう。そもそも、戦後の農地改革の思想は貧しい小作農民の解放がテーマである。自作農化した農民を守るための農地法や農協法は現在も存在している。そして、「農業就業者減少」「高齢化」「経営規模が小さく競争力がない」等という農業を語る表現の前提にも「貧農史観」が刷り込まれているのではないか。

 2010年世界農林業センサスによれば、農業就業人口は05年の335万人から22.3%減少して261万人になり、平均年齢は63.2歳から65.8歳と高齢化が進んだ(傍点筆者)――と報告されている。

 しかし、「農家」とは「経営耕地面積が10アール(1反歩・筆者注)以上又は農産物販売金額が15万円以上ある世帯(傍点筆者)」のこと。そもそも「農家」とは「職業」ではなく「世帯」を表す概念であり、農産物の生産販売をする人という意味ではない。会社を定年退職した人が老後の楽しみとして親戚縁者に配るためだけに10㌃以上の田畑を耕し始めたとしても、彼は農業就業者にカウントされる。平均が65.8歳であることは産業従事者としての農家の高齢化を示すものではない。それは社会一般の高齢化を示しているに過ぎない。高齢化問題以外にも、農家数の減少は望ましい変化であるにもかかわらず問題視され、農業の衰退が強調されてしまう。

(注1)販売農家といえども「販売なし」という農家が1割弱存在している。 (注2)販売金額とは売り上げに相当するもので、販売金額100万円の階層は、1俵(60キログラム)1万4000円で売れるコメを80アール程度の面積でつくっているような農家をイメージすればよい。 (注3)販売金額合計は、16の階層の中位(50~100万円の層ならば75万円)をとり、5億円以上は5億円とみなして算出。 (出所)2010年世界農林業センサス
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 さらに右の図を見ていただきたい。これは10年のセンサスから販売農家の「販売金額規模別農家数」のデータを図示したものだ。上段は販売金額規模別にその戸数割合を示したもので、下段は階層別の総販売金額に対するシェアを『農業経営者』編集部で試算した。

 それによると販売金額100万円以下の階層が販売農家戸数全体の58.8%(約96万戸)に達しており、一方、1000万円以上の販売額を上げる階層は全体の7.4%(約12万戸)に過ぎない。ところが、これらの農家たちが全農家の総販売金額の約6割を稼ぎ出していることに注目していただきたい。逆に、戸数として約6割を占める100万円以下の販売金額の総額はわずか6.3%に過ぎないのである。


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