2022年10月6日(木)

Washington Files

2018年12月17日

»著者プロフィール
著者
閉じる

斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。著書に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

長年続いてきたトランプとサウジ王室の深い関係

 「カショギ殺害事件」について興味深いのは、米国情報機関がサウジのサルマン皇太子と駐米大使との電話などによるやりとり、サウジ当局と拉致実行グループとの通信、駐米大使とカショギ氏との電話などを一部始終傍受しており、事件発覚後、CIAとして比較的早い段階で「サルマン皇太子がカショギ殺害を命令」と断定したことだ。そして当然のことながら、ジーナ・ハスペル長官はじめCIA最高幹部もこの結論を支持した。

 ところが、サウジ現体制と親密な関係を維持してきたトランプ・ホワイトハウスだけは、これに異議を唱え「サルマン皇太子が関与したとは断定できない」と否定し続けてきた。大統領も「サウジは永年、米国にとって重要な戦略的パートナーであり、皇太子は強力な地位にいる」とコメントし、皇太子を擁護した。

 このため、米議会上院の与野党有力議員らは11月末、同事件の真相について政府の説明を正式に求め、いったんはポンペオ国務、マティス国防両長官が議会に出向き秘密ブリーフィングを行った。ところが、両長官はサウジとの安全保障関係の重要性を繰り返し強調したものの、サルマン皇太子の事件への関わりについては言葉を濁したため、出席議員たちを怒らせる結果となった。また、肝心のこのブリーフィングにハスペルCIA長官が姿を見せなかったことにも不満が集中した。

 ワシントンポスト紙などによると、CIA長官の出席にはあえてホワイトハウスが最後まで抵抗したという。

 しかし結果的に、ハスペル長官はその1週間後に同じ上院幹部会に呼び出され、席上、サルマン皇太子指示の下でカショギ氏殺害が行われたことについて、詳細に説明したとみられている。

 ブリーフィングを受け聴聞室から出てきた共和党の実力者リンジー・グラハム議員は「皇太子が殺害事件に関与しなかった可能性はゼロ・パーセントだ」と断定、同じ共和党で上院外交委員長のボブ・コーカー議員も「もし、皇太子を裁判にかければ、陪審員は30分で有罪と断定するだろう」と述べた。

 これらの経緯から浮上した重大な疑問は、CIAとしてはカショギ氏殺害の動きに関する詳細な情報を把握、その報告は当然のことながら逐次、ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)に挙がっていたにもかかわらず、なぜ米政府としてはそれ以上のアクションを起こさなかったか、という点だ。ここがまさに、金大中拉致事件との決定的な違いだ。

 そもそもCIAなど情報機関の仕事は、諸外国の秘密情報をあらゆる手段を駆使して収集することであり、政府としての対応策や行動を起こすことでは無論ない。金大中氏が最後は殺害から逃れられたのは、米政府とくにホワイトハウスがCIAの報告に基づき具体的行動に出たからだ。

 ところが、カショギ氏殺害事件に関しては、米政府としてはついに最後まで、悲劇を回避するための措置は何も講じなかった。

 この疑問を解くひとつのカギは、大統領就任以前から続いてきたトランプ氏とサウジ王室とのディープな関係だ。米主要メディアのこれまでの調査報道で以下のような事実が明らかにされている:

  •  実業家だったトランプ氏は1991年、自ら所有していた大型豪華クルーザー「トランプ・プリンス号」をサウジ王室のアルワリード・ビン・タラル王子に2000万ドルで売却
  • 1995年、トランプ氏所有のニューヨーク・プラザホテルをタラル王子とシンガポール投資グループに3億2500万ドルで売却
  • 2001年、ニューヨークのトランプ氏のビジネス拠点「トランプ・ワールド・タワー」45階をサウジ王室に450万ドルで売却、2018年にはサウジ王国国連代表部分室とされた
  • 2016年、トランプ氏が共和党大統領候補指名を獲得後、「トランプ・ワールド」社はサウジ第2の都市ジェッダにあるホテル・グループ「THC JEDDAH HOTEL ADVISORY LLC」とのビジネス・パートナー関係を樹立
  • 2017年、サウジ政府ロビー会社「MSL GROUP AMERICA」がサウジからのゲストをワシントン市内にあるトランプ大統領所有の「TRUMP INIERNATIONAL HOTEL」に宿泊させるため、27万ドルを支出

 このほか、トランプ氏の娘婿で大統領上級顧問を務めるジャレッド・クシュナー氏も、サルマン皇太子と以前から親密な関係を維持してきており、2016年の米大統領選挙期間中に、サウジを訪問、王室ファミリーに手厚い待遇を受けた。翌2017年にはサルマン皇太子をワシントンに招き、ホワイトハウス昼食会でトランプ大統領との懇談もアレンジした。

 このようにトランプ・ファミリーとサウジ王室との間には、おそらく米国外交史上でも例を見ないような特殊な、公私にわたる深いつながりが存在していたことは否定できない。

 そして不幸にも「カショギ氏殺害」はこのような、異常ともいえるアメリカ―サウジアラビア外交関係の下で引き起こされたことを意味している。

 今のところ、前述した通り、CIAはサルマン皇太子の同事件関与について察知していたことはほぼ間違いないとしても、トランプ大統領自身が事前にその一部始終を知らされていたかどうかは、まったくの未知数だ。肝心のCIA情報はホワイトハウス国家安全保障会議にまでは届いていたが、上記のようなトランプ・ファミリーとサウジ王室の特殊な関係に配慮し、その一歩手前で情報が差し止められた可能性も否定できない。

 しかし遺憾ながら、事件の真相は、今後永遠に解明されることはないだろう。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

新着記事

»もっと見る