総資産の0.1%と「ビッグ・ディール」の投資
トランプ氏は投資の経験が豊富で、計算高いビジネスマンである。彼は成功を収め、巨財を築いた実業家・資産家から政治家に転身しようと決断したときから、もちろん自分自身の損得勘定を捨てたことはないと思われる。
総資産の0.1%分相当の収入を放棄し、この機会損失をどのような投資に転換し、どのような見返り・収益を求めようとしていたのだろうか。2016年9月、大統領選に先立って大統領の給料に言及した際にトランプは「not a big deal」と発言した。給料などは大したことではない。では「ビッグ・ディール」とは何だろうか。
もし、あなたがサラリーマンで1000万円の資産をもっているとしよう。あるいは少々成功した経営者として1億円の資産をもっているとしよう。では、その総資産の0.1%に相当する1万円、あるいは10万円はあなたにとって何を意味するか、その金額分の機会損失をどのような投資にしてどのような収益を求めるのか、それぞれ考えれば非常に分かりやすい。では、資産総額こそ桁がいくつも違うトランプ氏はどのような答えを持っていたのだろうか。これは難問だ。彼と同等な巨財や社会的地位をもってみないと、なかなか彼と同じ目線を持てないし、彼の胸中を察することも難しいからだ。
マズローの欲求5段階説
人間はみんな私利私欲をもっている。この世界に果たして仁心無私の政治家が存在するのだろうか。いまの日本をみれば、答えは簡単に見つかるはずだ。トランプ氏の人物像をみても、大変申し訳ないが、彼が仁心無私の政治家とは到底思えない。むしろ私利私欲の塊という印象が強いくらいだ。
私利私欲といえば、日本的な価値観に照らしてあまりポジティブに捉えることができない。しかし、世の中の事象はすべて善悪二元論で片付けられるものではない。私利私欲も然り。これは人間という生き物が存続する限り、恒久的に随伴する本能的な要素であって、否定しようのないものである。
マズローの欲求5段階説は中性的に人間の欲求を解明する。最下段の「生理的欲求」から始まり、「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」へと上がっていく。この4段階の欲求は「欠乏欲求」という。つまり、満たされていないものが欲しい、所有したいという欲求だ。
第5段階からは本質的な変化があって、それが「自己実現の欲求」という「成長欲求」の次元に入る。ここからは景色が一変する。欠乏というネガティブ撲滅の活動ではなくなり、創造によって自己実現ないし超越的な自己実現を目指すポジティブ創出の活動が行われるのである。たとえば、「歴史を創る」あるいは「歴史に名を残す」というような欲求がまさにその典型である。トランプ氏はこの第5段階の頂上に立とうとしているのではないだろうか。
これは、トランプ氏の「ビッグ・ディール」だ。