2022年7月6日(水)

名門校、未来への学び

2019年1月16日

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鈴木隆祐 (すずき・りゅうすけ)

ジャーナリスト

1966年長野県生まれ。法政大学文学部在学中より出版社で雑誌編集を始め、その後フリーに。著書に『名門高校人脈』(光文社新書)、『名門高校 青春グルメ』(辰巳出版)ほか。

将棋棋士は麻雀も強いとよく聞く

 「羽生先生も大変な読書家ですよね。ある時など、AIに関して専門家顔負けの解説をされていました。コンピュータとの対局の件などよく取材で訊かれるので、勉強なさったんだと思います。

 

 羽生先生などは交友関係も広く、異業種の方たちとよく対談なんかもなさっている。でも、囲碁将棋などやっぱりどこか職人の世界で、その道を究めるうち、周りも同じような人で固まり、趣味なんかも似通ってくるんです」

 将棋棋士は麻雀も強いとよく聞く。芹沢博文九段などむしろそちらのほうでおなじみだった。囲碁界でも同様らしく、要は雀卓を囲むように、いつも仲間内でつるんでしまうらしい。しかし、青葉さんはもっと世間に揉まれてみたいと思ったのだ。

1年生の体育祭での集合写真。某清涼飲料水の缶をマスコットにした

 「高校大学で社会性、集団の中での生活を学べたことは大きいです。わかり合っている者同士の結束から脱し、多様性の中での立ち位置を理解できた気がします。旭丘に入った時のイメージはもう『大学みたい』でしたね(笑)。生徒の自主性を重んじ、先生方も放任に近い。生徒一人一人がちいちゃな大人で、人の悪口を聞いたことがない。自分自身がそうならないと—とすぐ思えました。そして、みんな大好きなんですよね、学校が(笑)。

やはり1年生の文化祭でのスナップ。教室でアトラクションをし、ムンクの「叫び」風のイラストで飾った

 私の2番目の姉も旭丘出身で、一番上の姉の息子、つまり甥っ子も4年前に旭丘を卒業したばかり。そして、私の夫もその弟も旭丘出身なんです。夫は同級生で弁護士をしています。卒業して何回目かの同窓会で再会し、そこで初めて意識しました。でも、彼曰く、私が高校時代にすでにプロであることに一目置いていたとか(笑)。出席番号簿の男子の最後が彼=和田で、女子の最初が私。入学式の時に間違って座っちゃって、それが今思えば、運命の出会いだったのかなって(笑)」

旭丘高校内にある、1899年に校長に就いた日比野寛銅像。日本で最初にマラソンを本格的に教育界に導入したと言われる。

 まるであだち充の漫画みたいに羨ましい話だが、当時から同じ思い出を共有していれば、夫婦の絆は強いはずだ。今はご主人も独立し、地元に貢献したいと名古屋で開業している。「それも旭丘らしい」と青葉さん。最後に高校時代の最大の思い出はと問うと、こんな答えが返ってきた。

 「いちおう高校では囲碁将棋部に所属しました。私がいるんで同級生も興味を持ってくれたし、入部者も増えたんです。対戦も挑まれましたよ。まったくの初心者なのに自信たっぷりで、普通ハンデを置くのに、『いらない』って突っぱねた男子がいたんです。少し手加減はしましたが、むろんすぐ勝負はついちゃって…。」

 上には上がいる—を痛感するのも、名門校ならでは。その彼が鶏口牛後となっても、名門卒らしく振る舞っていてくれればいいのだが……。勝負事でも大事なのは、つねに成長を心がける姿勢だ。羽生名人は小学生に将棋の指導をする際も、相手から大いに学ぼうという姿勢を見せるという。そんな学び続ける者特有の謙虚さを、青葉さんの言葉からも感じるのだった。

  
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