2024年4月20日(土)

名門校、未来への学び

2019年1月16日

 日本を代表する名門高校はイノベーションの最高のサンプルだ。伝統をバネにして絶えず再生を繰り返している。1世紀にも及ぶ蓄積された教えと学びのスキル、課外活動から生ずるエンパワーメント、校外にも構築される文化資本、なにより輩出する人材の豊富さ……。本物の名門はステータスに奢らず、それらすべてを肥やしに邁進を続ける。

青葉かおりさん(筆者撮影)。昭和53年(1978年)生。愛知県出身。羽根泰正九段門下。早稲田大学卒業。平成8年入段、日本棋院中部総本部に所属。10年二段、11年三段、14年四段、28年五段。平成20年5月、日本棋院東京本院に移籍。

 学校とは単に生徒の学力を担保する場ではない。どうして名門と称される学校は逸材を輩出し続けるのか? Wedge本誌では、連載「名門校、未来への学び」において、名門高校の現在の姿に密着し、その魅力・実力を立体的に伝えている。だから、ここでは登場校のOB・OGに登場願い、当時の思い出や今に繋がるエッセンスを語ってもらおう。

 “自主自律”という名門校固有の精神を、旭丘高校くらい感じさせる学校はない。起源を1870年設立の尾張藩藩校・洋学校に持ち、77年に愛知県中学校として開校という、県下で最も古い歴史を持つ学校だが、そのプライドはあまり表には感じられず、ともかく生徒たちが伸び伸びとしている。

正門(写真・松沢雅彦)

 そんな校風が端的に現れるのが、毎年9月下旬、6日にわたって開催される文化祭「鯱光祭」。全校生徒が大中小の3つの会場に分かれ、それぞれのテーマに即した意見をぶつけ合う討論会が、会期中に開かれる。また、前日に繰り広げられる分科会はいわばその前哨戦。午前中いっぱいを使い、有志の生徒が講師となり、1時間半ずつの講座を各教室で開くのだが、それらが実に面白い。

 昨年は「論理学探求」「未来を切り拓く燃料電池」など進学校らしいテーマもあるかと思えば、「月別デートのすすめ」「宝塚沼への招待」などかなり個人的な内容も見受けられた。また、麻雀や映画を講座に仕立て上げ、楽しむメンバーも多いのだ。生徒の多士済々ぶりを実感できる場面である。

 旭丘は古くは二葉亭四迷や坪内逍遥ら名高い文人、盛田昭夫や河合斌人らの優れた創業者、戦後も写真家の浅井慎平に作家の増田俊也といった、個性的なクリエイターを輩出してきた。そんな同校に在校中、すでに棋士デビューを果たしていたのが日本棋院東京本院所属の青葉かおり五段だ。

 実は彼女がまだ早稲田大在学中、某誌で取材したことがあり、およそ20年ぶりの再会。その時は「大学生との二足のわらじ」というのがポイントで、出身高校については私もあまり知識がなく、深く訊ねもしなかった。しかし、考えてみれば、高校時代からとっくに青葉さんは「プロ」だった。しかも、進学校にいながら。もしかしたら、通信制という選択もあったかもしれない。現に将棋だと、かの羽生善治十九世名人がそうだ。現に囲碁でも若手には多いという。

校舎写真=松沢雅彦

 「小学4年で(日本棋院の)院生になりました。その時点でアマチュアの大会にはもう出られないんです。プロを目指し、早ければ小6か中1で進路が決定してしまう世界。当時は中学までで(学校を)卒える人が多かったですね。プロ合格の年齢制限も前は30歳まででしたが、今では(男女共採用時で23歳未満に)引き下げられました。でないと、潰しが利かなくなるんです」

 先日も小学4年生の仲邑菫さんが今春にプロ棋士になるとのニュースが世間を賑わせたが、青葉さんは高校大学と進むことで、幅広い視野を持ちたいと思ったと語る。

 「高校2年で段位を得て、さらに上のレベルを目指そうと必死でしたね。ただでさえ温室育ちというのは感じていて、私も大学に進学するかどうかでは、かなり悩みました。今では視野が広がったのはプラスに思えますね。例えば、ビジネス書を読んでいて、『こういう考え方は囲碁でも同じなんだ』と気づくとか……。

 高校では対局でどうしても欠席が多かったので、もっと勉強をしてたらよかったのに—と思うことがありますね。今はみなさん割合、学校との両立もできていて、東大出で棋士になった人などもいます。関西棋院所属の坂井秀至さんも、灘から京大医学部卒のエリートということで有名です」

校舎写真=松沢雅彦

 将棋ならまだしも、恥ずかしながら碁にはまったく疎い私。坂井さんの名もうろ覚えだったが、青葉さんに「立派な戦績の持ち主(七大タイトルである第35期碁聖)」と聞き、天は二物を与えるものだと感心する。

 しかし、学歴が通用しない世界なのはともに一緒。囲碁の趙治勲名誉名人、その永遠のライバルの「宇宙流」の武宮正樹九段、それに現在7大タイトル中五冠に輝く、井山裕太九段がどこの学校を出たなど、まったく話題にもならない。高校時代から斯界に入り、そうした厳しい現実を青葉さんがなにより身をもって知っている。井山九段は現に中卒だが、羽生名人とともに昨年、国民栄誉賞を授与されたのも記憶に新しい。


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