トランプ政権発足以来、ホワイトハウスの推進する外交・安全保障政策と米議会首脳部との見解の対立が露顕し始めてきた。来年11月の米大統領選挙と議会選挙に向けてさらに先鋭化しかねず、日欧同盟諸国を一層翻弄させる恐れもある。
議会共和党のトップを務めるミッチ・マコーネル上院院内総務は先月29日、トランプ大統領の中東政策に異議を唱える異例の法案修正案を上程した。
オリジナルの法案は「2019年中東における米国安全保障強化法」と題するもので、先月3日、マルコ・ルビオ議員ら与党共和党の上院議員3人が提出、その狙いは主として、イスラエルに対する軍事供与・借款の長期保証、ヨルダンとの軍事協力協定の延長などに重点を置いたものだった。
しかし、マコーネル院内総務は本会議で同法案の修正を求める発言を行い、この中で「多難な今日の世界状況下におけるアメリカのリーダーシップの重要性を強調する必要がある」として、とくに修正部分として、
- シリアとアフガニスタン両国におけるアルカイダおよびISISの存在はアメリカにとって引き続き深刻な脅威となっているという明白な事実を認識する。
- 従って両国からの米軍の早急な撤退がもたらす危険に十分留意する。
- 同時に両国における紛争に対して外交上の関与と政治解決の必要性を強調する。
この3点を元の法案に付記するよう求めた。
結局、この修正案付き「中東安全保障強化法案」は同月31日、賛成68、反対23の圧倒的差で可決、ただちに下院に回されたが、同様に可決は確実視され、新たな法律として成立する見通しだ。
この修正案が注目されたのは、これまでのトランプ大統領の発言や方針と真っ向から対立しているからだ。
大統領は、昨年12月半ば突然、アフガニスタンでの「戦況安定化」を理由に同国からの米兵7000人の撤退を発表したが、いぜんとして1万5000人の兵力を投入、反政府勢力との戦いを続けている他のNATO(北大西洋条約機構)加盟諸国を驚かせただけでなく、事前の相談も受けなかったマティス国防長官(当時)も「撤退は時期尚早」と異議を唱え、退任に追い込まれたいきさつがある。
また大統領は同月、アフガニスタンに続いてシリアからも「ISISとの戦いに勝利した」として米軍撤退を表明しており、米議会では野党民主党のみならず、共和党内部でも反対が渦巻いてきていた。
それだけに今回の「中東安全保障強化法案」の上院通過は、大統領が打ち出してきた方針に直接、冷水を浴びせる格好となったと言える。
しかし、トランプ・ホワイトハウスの外交・安全保障政策を糾弾する米議会の動きは、実は今回が初めてではない。民主党が下院で多数を占め“ねじれ状態”となった新議会が1月3日開会して以来、上下両院で法案、決議案提出があいついでおり、それもとくに超党派の“反トランプ・コール”に成りつつある点に特徴がある。
まず同月17日、下院本会議は、ロシア人実業家オレグ・デプリパスカ氏が経営する疑惑の企業3社に対するアメリカの制裁措置について、「解除」の検討を始めたホワイトハウスの意向とは逆に「制裁継続」を求める決議案を賛成362、反対53の絶対多数で可決した。賛成派の中には共和党下院議員約7割が含まれており、これほど多くの与党議員が造反したのは、トランプ政権発足以来、初めてと言われる。
とくにデプリパスカ氏は、2016年米大統領選挙への介入工作を指示したプーチン大統領とは知己の関係にあるだけでなく、「ロシア疑惑」事件に関連するトランプ人脈とも接触があった人物。それだけに、決議案は、同氏に対する制裁措置に関して正当性を欠く解除に異議を唱えるとともに、トランプ政権による対ロシア外交のあり方についても問題提起したものだった。
ただ、共和党が多数を占める上院審議では、可決に必要な60人の支持獲得にまでは至らなかった。しかし、ここでも共和党議員11人が賛成に回っており、政権批判の動きが上下両院の与党内にも広がりつつあることを示した。
トランプ大統領のロシアに対する取り組み姿勢については、昨年7月、ヘルシンキで行われた米露首脳会談の場で終始、プーチン露大統領相手に卑屈で怖気づいたような態度を取り続けたことが米マスコミや議会で大問題となり、与党共和党議員たちの間からも「トランプ大統領はプーチンの操り人形となっており、何らかの弱みを握られている」といった批判の声も挙がったほどだった。
続く同月22日、同じく下院本会議は、トランプ大統領に対しNATOからの撤退および米軍削減の自制を求める「NATO支持法案」を賛成357、反対22で可決した。
同法案は昨年夏、大統領がNATO本部のあるブルッセルを訪問した際、加盟各国の防衛負担の現状に不満を表明するとともに、場合によっては米軍撤退の可能性まで示唆、各国からの批判が高まってきたことなどを踏まえ、逆に今後も引き続き関与し続けることの重要性を強調したものだ。
法案の共同提案者のエリオット・エンゲル外交委員長は採択後、「NATO弱体化こそプーチン露大統領にとって最重要課題のひとつであり、(トランプ・ホワイトハウスが)その存在自体をアメリカのお荷物であるかのような扱いをすることは、敵に誤ったシグナルを送ることになる。われわれは改めてNATOがアメリカの安全保障上、不可欠な存在であり、その確固たるコミットメントを再確認する必要がある」と強調した。
さらに30日には、トム・マリノウスキー(民主)、バン・テイラー(共和)両下院議員らが超党派で、シリアおよび韓国からの米軍撤退に歯止めをかける二つの法案を本会議に提出した。
そのひとつは「シリアからの責任ある撤退」と銘打った法案で、「国防総省が十分説得できる理由とデータにより撤退が可能であることを証明しないかぎり、シリアからの米軍撤退にともなう必要経費の支出を留保する」として、大統領のシリア撤退表明にくぎを刺したものだ。
二つ目の「米韓同盟支援法案」と題する法案は、韓国に対しても同様にアメリカのコミットメントを再確認すると同時に「同国に駐屯する米軍実戦部隊の規模を2万2000人以下に削減することを制止する」と指摘している。
この点に関連してトランプ大統領は就任以来、「駐韓米軍維持費は負担が大きすぎる」
ことを理由に、しばしば規模縮小や撤退の可能性に言及してきた。
このため法案は「もし、駐韓米軍削減の場合は、国防長官および統合参謀本部議長が、
(削減実施後も)韓国軍が北朝鮮の軍事的脅威に十分対処可能であることを米議会に対し立証すべきである」とした上、さらに「その場合は、アメリカの同盟国とくに日韓両国政府と事前協議する」ことを義務付けたものとなっている。
もともと共和党主流の外交・安全保障に対する過去の基本姿勢を振り返ると、欧州およびアジアにおいて、対外コミットメント重視の基調で貫かれ、NATO諸国および日韓などアジア同盟諸国との関係強化を前面に押し出してきた。2016年米大統領選でトランプ氏が共和党候補の指名を獲得した後も、ポール・ライアン下院議長(当時)、ミッチ・マコーネル上院院内総務ら議会共和党幹部は、トランプ候補の掲げる「アメリカ・ファースト」のスローガンに対し、どちらかと言えば冷ややかな反応しか見せてこなかった。
ところが、そのトランプ氏が当選、大統領就任以来、共和党議会はホワイトハウスが繰り出す一連の常軌を逸脱した外交政策に対しても表立った批判は控えるようになり、同党の存在自体も「トランプ党」になり下がったと揶揄されるほど卑屈な姿勢に転換した(本欄2018年7月9日付け『トランプ党になり下がった米国共和党の悲哀』参照)
こうしたトランプ・ホワイトハウスと議会共和党との“奇妙なハネムーン”(ワシントン・ポスト紙)に亀裂が入り始めたきっかけは、昨年11月の下院選での共和党大敗だろう。この時の選挙戦を通じ、大統領は不法移民締め出しのための「壁」建設構想、西側同盟諸国批判、保護貿易主義などを前面に打ち出し、共和党候補者たちに対し、こうした中西部の白人労働者層の支持を意識した政治スタンスを貫くよう呼びかけてきた。しかし、結果的に多くの国民の支持を得られなかったことで潮目が大きく変わったといえる。
そしてさらに議会共和党のトランプ批判に拍車をかけたのが、昨年12月にはいってからのアフガニスタン、シリアからの米軍撤退など、大統領が表明した一連の衝動的外交政策だった。しかも、先月29日、CIA,DIAなど米各情報機関を束ねるダニエル・コーツ米国家情報長官が上院公聴会証言で、こうした政府方針とは異なる客観的情勢分析結果を公表したことが、共和党議員たちを勢いづかせる結果となった。
最新のニューヨーク・タイムズ紙は、トランプ・ホワイトハウスと米議会共和党との関係の変化について「過去2年以上にわたる両者の対立は、外交に関してはほとんど表面化したことはなかった。しかし、最近数日の間に、大統領外交顧問たちや同盟諸国が、トランプ氏の世界観およびその処方箋に異議を唱え、政策を押し戻そうと躍起になっている」と報じ、さらに「おそらく共和党指導者たちは来年の大統領選へのシフトを念頭に、従来のままで突き進むことのリスクも考え、大統領との<抑制と均衡>の関係の再調整に乗り出したのだろう」とのウェンディ・シャーマン元国務次官の見方を紹介している。
ただ、トランプ大統領自身は、従来の主張を議会の圧力によって容易に変えるとは考えにくく、外交・安全保障をめぐる政府・議会の対立が国内のみならず、同盟諸国をもさらに翻弄させる状況は、当分続くことになりそうだ。
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