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Washington Files

2019年2月12日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。著書に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

 選挙日に投票箱が盗まれようとしているシーンや、政治指導者が対立候補を卑猥な言葉で非難中傷する贋作ビデオが歯止めもなく流出するようなことになった場合のことを想定してみる必要がある」と語り、また同委員会副委員長のマーク・ワーナー議員(民主)も「ディープ・フェイク技術がすでに世の中に出回り始めた以上、今からその危険性を警告しても遅すぎるくらいだ。われわれはもはや防戦に回るしかない」と危機感を募らせた。

 そして、本物と贋作の区別を明確化するための「IDコード」表示義務付けなどを織り込んだディープ・フェイク法案を近く上程する意向を示した。

 ただ、その一方でディープ・フェイク技術は猛スピードで進歩を遂げており、ビデオのひとつひとつについて真贋の識別をすることはますます困難になりつつあるという。

 特に今日、インターネット文化は世界中に拡散の一途をたどっており、たとえば、YouTubeには毎分400時間分の各種ビデオがアップされ、Twitter上では毎分35万回のツイートが掲載されているだけに、アメリカ1国だけでその全容を監視したり、規制したりすることは事実上、不可能に近い状態だ。

フェイク・コンテンツの急速な拡散の背景

 この点に関連して、専門家の一人、ダートマス・カレッジ・コンピューター・サイエンス学部のハニー・ファリド教授は、「The Hill」とのインタビューで次のように総括している。

 「フェイク・コンテンツの急速な拡散の背景には、それを可能とする多くの力が一気に集約され嵐を引き起こしたという側面がある。すなわち、われわれはすでに、偽情報を作り出す能力を手に入れ、それを容易に広範囲に拡散させ、その上に、ばらまかれた情報をためらいもなく鵜呑みにしてしまう公衆がもろ手を広げて待っている状況があるということだ。この世界的風潮にいかに歯止めをかけるかについては、政府や民間企業だけの責任ではなく、市民一人一人がオンライン情報を何であれ受け入れる愚かさ、騙されやすさから目覚める必要がある。すなわち、われわれ全員がディープ・フェイク現象の一部分を構成しているということだ」

 欧米では古くから、「Seeing is Believing(見ることは信じること=百聞は一見にしかず)」が格言のように伝えられてきた。その語源はラテン語「Videre est Credere」に由来する。そして、今日のビデオVideoはまさにこの「Videre」から派生したものだ。

 しかし、今後Videoが最新のAI技術の登場により、本物とは識別がつけにくいフェイクのまま世の中に出回ることになるとすれば……「Seeing is Believing」という言い伝え自体が、死語となる日もそう遠くないかもしれない。

 こうした状況を踏まえ、米議会とくに民主党議員の間では早くも、来年11月の米大統領選への警戒感が強まりつつある。2016年米大統領選挙では、ロシア情報機関の巧妙な介入により、投票日直前になって民主党のヒラリー・クリントン候補にとって不利なメールやがSNSなどを通じ全米に流布され、それが結果的にトランプ氏当選につながったとされる。しかし、2020年選挙では、ロシアが最新のディープ・フェイク技術を駆使して再び介入してくることは必至とみられているからだ。

 この点について、マーク・ワーナー議員は昨年12月初め、テキサス州オースチンで開催された安全保障問題特別セミナーで「ロシアは2020年米大統領選挙に向けて、従来の欺瞞情報活動と新たに登場してきたディープ・フェイク・ビデオを組み合わせた対米工作に乗り出すとみられる。場合によっては、投票日が近づくにつれて精巧につくられた偽ビデオをSNSを通じて次々に流し、選挙を混乱状態に追い込む可能性も否定できない」と警告している。

 そしてやがて、こうしたディープ・フェイクの脅威が、日本など各国の政界や財界にも拡大しない保証はどこにもない。

  
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