明治の反知性主義が見た中国

2019年2月28日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

「臨機応変」なドイツ式ビジネス戦略

 もう一つの成功例として山川はヤカンを挙げた。

 中国では「湯沸としては、殆ど錫銅の二種に限られ(中略)、其蓋は墜落するを防ぐか為、必ず紐を以て把手に繫げり」。この点にドイツは目を着けた。すぐ切れてしまうような紐ではなく、堅牢な「金属の小鎖を以てせり」。かくて消費者から「少からざる賞讃を搏」したのである。やはり鎖と紐では耐久性が断然違う。

 ドイツの巧みな販売戦略はまだ続く。たとえば「ランプのホヤに製造所の名号を記するに、英字と漢字とを以てせることなり」。ドイツ語音に近い音の漢字で記すが、「自国の文字」が普及していないゆえに、敢えて「英字を以て之に代へ」たのである。

 ドイツ語の綴りが通じないのなら、取りあえずは英語式で済ませておこう、である。“文化的自尊心”なんぞよりも、やはり目前の利益である。

 このように消費者の動向に臨機応変に対応するドイツ式ビジネス戦略を、山川は「其敏、称すべきに非ずや」と称賛したうえで、「需要には広狭多少の別あれども、既往に於て(現地消費者より)収めたる愛着心と信用とは、将来に及ぼして、無限の勢力を大陸に敷けるものと謂ふべきなり」と見通した。ドイツ製品が獲得した「愛着心と信用」があればこそ、将来の中国においてドイツは有利に振る舞うことができるだろう、ということか。これこそソフト・パワーというのではなかろうか。

 山川に従うなら、やはりドイツの成功は「独乙が真面目なる研究の結果に外ならず、歩を進めて考ふれば、善く詳に身を需要者の側に置」いているからだ。ドイツがこういった行動・判断ができる背景には何があるのか。どうやらドイツ人は「主として在留の官商間に於て油断なく注意を払ひ居るものと覚江らるなり」と推測してみた。これを現代風に言い換えるなら、成都在留のドイツ官民が共同し現地における消費動向を抜かりなく観察し、ビジネスに生かしているということだろう。

「営業努力」が足りない日本

 ここで山川の視線は日本式ビジネスに転じた。

「本邦人の多くが物物しく視察とか研究とかに出懸け、上海、漢口、北京、天津と紳士旅行の素通りしたとて、何の功か之有らん」。モノモノしいばかりで通り一遍の「紳士旅行」なんぞは、当然のことだが昔も無意味だった。そのうえに「上海天津等に居留する本邦商人は、数字の上にては数百数千を以て計へんも、其中の少数を除けば、大抵共喰商人に属」するばかり。

 たしかに大都市の一等地に大きな看板を掲げ表向きは派手な商売をしているものの、内実は心許なく、同胞による陰湿な足の引っ張り合いが常態化している。なにやら21世紀初頭の現在を思い浮かべてしまうから不思議だ。

 山川は四川における日本ビジネス不振に思い至る。

「余(山川)は商業に於て門外漢なり、然れども、旅行及び在留の間、これは必ず当らん、これは必ず向かんと思ひたるもの十数目にして止らず」。だから専門家が「仔細に観察したらんには、無尽蔵の利源を発見せん」。加えて地理的にも歴史的にも欧米より有利な立場にあるにもかかわらず、日本製品の販路が拡がる気配がみられない。やはり官民共々に日本側は努力が足りないのだ。かくて「余(山川)は資本の欠乏を以て専ら之が弁解の辞となすを許さず、余を以て観れば、我国官民を通じて、之を思ふに精ならず、之を行ふに実ならざるに由るとなすものなり」となる。要するに官民協力しての現地理解への努力がみられない。営業努力が足りない、ということだろう。

「本邦品は従前曽て諸種の雑貨、成都に輸入せられしが、価格割合に低廉なりし為め一時は随分捌けたるども、品質の脆弱は、直に彼等の排斥するところとなれり」。それでも「名古屋製置時計、大阪洋傘」などは一定の販売量を保持しているが、単なる見てくれから売れているだけ。本格的に「品質堅牢」「耐久力」を問われたら、将来的には販売不振に陥ることは明らか。ドイツ製品に駆逐されてしまうこともあり得るだろう。

 加えて日本商人は「支那向として、特に粗質品を択べる」傾向がみられる。こういった傾向が依然として改まる様子が見られない。このままでは中華ナショナリズムに火が点き、日貨排斥運動を招きかねないと山川は苦言を記した。

 かくして山川は「之を要するに、成都に於ける日本商品は当初に一頓挫を招きてより、今日に至るまで回復する能はざる状態に在りといふべし」と結ぶ。反省はないのか。

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