日本の食料安全保障は、国内生産、備蓄、安定的な輸入の三つをバランスよく進めることで初めて成り立つ。貿易の自由化はむしろ食料の調達先を増やし、安定的な輸入に役立つ。調達先が拡大すれば、備蓄も進めやすくなるはずだ。貿易自由化で、国内農業が壊滅するほど「安い海外産の食料が流入する」ことと、「国際食料価格の上昇で安定的な輸入ができなくなる」ことが、同時に起こるわけがないのだが、そうなってもいいように、三つの手段を整えておくのである。
むろん、国内生産の強化は必要だが、安全保障の観点から重要なのは、いざという時にどれだけ生産できるかという生産基盤技術に支えられた供給力だ。それを強化するなら、コメの生産調整(減反)を続けて農家の耕作意欲をそぎ、国際競争力のない麦などへの転作を進め、MA米として毎年77万トンものコメ輸入を受け入れている現状を、まず変えるべきではないのか。保護主義の下で産業が繁栄しないことは、歴史が証明している。むしろ自由化を受け入れることで、日本のコメの競争力をさらに強化し、輸出市場を積極的に開拓すべきだ。
コメ以外にも、日本の農産物の品質には定評がある。反対派は「日本の農林水産物の輸出先の上位5か国・地域(香港、台湾、中国、韓国、タイ)は、いずれもTPPに参加していないから、TPPに参加しても、日本から外国への輸出は増えない」というが、よいものはどこに出しても売れる。TPPに賛成する産業界が農業を学び、積極的に参入しようとしているのがその証拠だ。TPPに参加しても、農業を切り捨ててよいとは誰も思っていない。官民を挙げてヒト、モノ、カネを投入し、再生する、その方策こそ議論されるべきではないか。
TPPが農業以外に与える影響についても、憶測や誤解ばかりが流れている。「TPPで得をするのは自動車産業など一部の大企業だけだ」というのもその一つだ。確かにTPPで米国の自動車関税が撤廃されれば自動車メーカーは輸出しやすくなるが、トヨタや日産のような大企業はTPPに頼らずとも、海外に工場を移して関税を免れることができる。TPPで得をするのは、むしろ簡単に海外に生産拠点を移すことができない中小企業だろう。
「TPPによるサービス自由化で、外国から医師や弁護士が流れ込み、国内の雇用が奪われる」というのも誤りだ。人の移動もTPP の対象にはなるが、医師や弁護士の国家資格まで共通化されることはあり得ない。「中国の労働者が大量に日本に流入し、日本は失業者だらけになる」という言説に至っては、もはや妄想に近い。逆にTPPに参加しなければ、国内の中小企業が国際競争力を失い、業績悪化による失業が増えかねない。主業とする勤め先の企業の業績悪化は、第2種兼業農家の暮らしにも悪影響を与えることになる。
TPPで日本経済全体の活性化を
TPPに参加すべき最大の理由は、農業改革だけにあるのではない。深刻な閉塞状況に陥っている日本経済を活性化させるのに有効だからだ。
国内総生産(GDP)を分母、輸出入の合計額を分子にとった2009年の日本の貿易依存度は22%で、世界178か国のなかで、下から4番目に低い。アジアの競争相手である韓国の82%とは比較にならず、中国の45%の半分以下だ。依存度は分母のGDPが大きい国ほど低く、地続きの欧州との単純比較もできないが、それを加味しても日本の数字は低すぎる。貿易立国を掲げていながら、日本は世界でも有数の交易が不活発な国になってしまっている。
投資についても同様だ。09年の日本の対内直接投資残高は20億ドルと、国内総生産(GDP)比で3.9%しかない。米国の21.9%、英国の51.7%、ドイツの21.0%よりかなり低く、韓国の13.3%、中国の10.1%にも劣る。
10年の訪日観光客数は800万人を超えたが、観光庁の目標を大きく下回り、世界の上位20位にも入っていない。世界のヒト、モノ、カネのいずれもが、日本を素通りしているのだ。