機長はマイク越しに船舶に注意喚起のメッセージを送る。
「セキュリティ! セキュリティ! こちら日本の海上自衛隊。海賊の警戒監視中。何かあればすぐに連絡してほしい」
タンカーをやり過ごすと、またオーディナンス、高橋から声が飛ぶ。
「スモールが出てきた」
彼らクルーにとって〝スモール〟は、小型船舶を意味する。過去、海賊行為に及んだ船舶の大半は小型船舶だった。それだけに、〝スモール〟発見の声にコックピットは警戒感が高まる。
P−3Cは月に20日間ほどアデン湾上空から警戒にあたっている。1回の飛行時間はおよそ8時間。船舶からのメーデーコール(緊急事態宣言)が頻発していた7年前にも派遣任務についた平田は、状況の好転を肌で感じるという。
荒れ狂う冬の津軽海峡であろうと〝見えない敵〟を追いかけ回す。その練度はチームワークでしか上がらないとは機長の平田のみならず、クルー全員が口にする言葉だ。
そのためには、階級が絶対である組織であっても、下の者が上官に意見を具申できる環境づくり、つまり〝クルーリソースマネジメント〟がより重要になっている。また、そうした環境こそが、チームの力を育て、高めてくれる。
総員約190人を乗せ日本を出発し、シンガポール、スリランカ、バーレーンに寄港しながら、スリランカ海軍、インド海軍、ロシア海軍との共同訓練などをしながら海賊対処の水上部隊としてジブチに派遣されたのが、海上自衛隊護衛艦「いかづち」(艦長、櫻井敦2等海佐)だ。今回は派遣部隊指揮官としては初の女性指揮官、東良子1等海佐が指揮することも話題を呼んでいた。
海賊行為が激減したとはいえ、今も日本の海運会社からの護衛要請がある。
「商船にとって、このアデン湾はやはり不安をかき立てられるのだということがひしひしと伝わってくる」(東1佐)
海賊行為が少なくなっても、過去に起こった事件は民間商船の乗組員にとっては悪夢の伝聞であり、悪夢の記憶を呼び覚ます。そうした不安の中、自衛艦旗をたなびかせた護衛艦が側に見えるだけでどれほど心強いか。それはこの海域を航行した者だけにしか分からないという。
確かに、アデン湾での海賊行為は対処行動という抑止により減少している。しかし、航空隊を率いる司令、栗下明彦2等海佐は、海賊の立場に立てば、夕暮れ、早朝が危険だという緊張感を持つことが重要だという。また、任務が直接的に船舶や多国籍軍の役に立っているという実感を得られるため、隊員たちはやりがいや国際貢献の重みを感じていると話す。
P−3Cから不審船の連絡を受け、不審船に近づき、臨検、つまり直に危険の高い不審船と相対するのは護衛艦の乗組員たちである。