2024年12月23日(月)

Wedge REPORT

2019年3月6日

 ギリシャ最大のピレウス港(水深18メートル)は古代ギリシャからアテネの軍船、三段櫂船(さんだんかいせん)が出入りする天然の要衝として栄えてきた。

 ピレウスと聞けば、1960年にギリシャで製作された米国の白黒映画「日曜はダメよ」(監督・主演ジュールズ・ダッシン)を思い出す人もいるかもしれない。底抜けに明るい港町の娼婦イリヤとギリシャをこよなく愛す米国の考古学者ホーマー。イリヤを取り巻く海の男たち、どこまでも青いエーゲ海と空。陽気で楽天的なギリシャ人気質と地中海が奏でるメロディーはアカデミー歌曲賞に輝いた。しかし、そんな憧憬はもはや遠い過去のものになってしまった。

 ギリシャでは、単一通貨ユーロ加盟がもたらしたバブルで、1人当たりの実質可処分所得がピークの2009年には1995年比で43%も膨れ上がった。しかし、債務危機でバブルは破裂し、現在は1995年当時よりさらに4%も貧しくなった。

 ワゴン車に洗濯機を積み込んで無料の洗濯サービスを提供する市民団体ITHACAのディミトラ・コトリオティさんは「アテネだけでホームレスは2万人を数える。これまで40トンの汚れ物を洗濯した」と話す。生活困窮者に無料で食料を配布する支援団体「フードバンク・ギリシャ」によると、年に取り扱う食料は4年間で24トンから41トンに増えた。そこに2015年の欧州難民危機で6万人以上の難民が加わったのだから、弱り目に祟り目とはこのことだ。

 2018年8月、EUや国際通貨基金(IMF)のギリシャに対する金融支援プログラムが8年ぶりに終了したことが大きなニュースになったが、夕暮れに歩いたアテネの裏通りはまるで貧民窟の様相を呈していた。混雑する地下鉄に飛び乗り、ピレウス港に向かった。長い黒髪の女が二度も筆者のポーチから財布を盗み取ろうとするので、「止めろ!」と大声を上げても他の乗客はそ知らぬふりだった。

「一帯一路」に先行したコスコの世界戦略

 ピレウス駅から中国海運最大手、中国遠洋運輸集団(コスコ・シッピング・グループ)の子会社ピレウス・コンテナ・ターミナル(PCT)が運営するコンテナ埠頭までタクシーで約15分。篠突(しのつ)く雨の中、作業員が車で埠頭を案内してくれた。エーゲ海は冬、低い雨雲が垂れ込める。埠頭に高波が当たっては砕け散る。「埠頭は海に浸かっているので、写真を撮る時は気をつけろ」と作業員が注意する。

中国海運最大手、中国遠洋運輸集団の子会社が運営する、ギリシャ・ピレウス港のコンテナ埠頭(筆者撮影、以下同)

 レール上を移動する橋脚型の巨大ガントリークレーンがうなりを上げる。コンテナトラックが水しぶきを上げて行き交う。一眼レフカメラのレンズはアッという間に水滴で覆われた。

 社屋にはコンテナ埠頭の模型と万里の長城の大きな写真が掲げられていた。中国の習近平国家主席が2013年に提唱した「一帯一路」は万里の長城に匹敵する歴史的な大事業であることを彷彿とさせる。しかしコスコの世界戦略はそれに先行して始まっている。


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