2024年7月25日(木)

古希バックパッカー海外放浪記

2019年3月31日

婦人参政権活動家(suffragette)への冷たい返事(cold reply)

 大英図書館には更に関連する手紙が陳列されていた。女性政治運動家のアニー・ケニー(1879~1953)が婦人参政権を求めた1909年のバルフォア元首相への手紙に対しては“冷淡な回答”しか得られなかったと落胆したことが記されている。

 バルフォアは第一次大戦中にパレスチナをユダヤ人に与えると約束した『バルフォア宣言』で有名な保守党の大物政治家である。アニー・ケニーは1911年にもバルフォア元首相に婦人参政権運動のリーダー、コンスタンス・リットン夫人(Lady Constance Lytton)と一緒に面会したが、やはりにべもなかった。注)ちなみにこのリットン夫人は満州事変や満州国を調査した“リットン調査団”のリットン卿とは無関係である。

1918年は“婦人参政権100周年”

 7月11日。ロンドン博物館で古代ローマ時代から現代までのロンドン市の発展の展示を見学。19世紀の産業革命による経済発展と並行して貧富の格差拡大、労働問題、社会問題が深刻化していったことがパネル写真で展示されている。1840年代のロンドン市民の平均寿命はなんと37歳であったという。当時一歳未満の乳児死亡率が50%以上であった。

 通路の壁の年表には当時のロンドンのビッグイベントが並んでいる:

1837 ロンドンーバーミンガム鉄道開通
1840 1ペニー切手発行(世界初の郵便切手)、郵便制度開始
1848 男子の普通選挙法を要求する労働者階級の大規模デモ(チャーチスト運動)
1851 ハイドパークでロンドン大博覧会(後の万博の原型となった)
1868 セント・パンクラス駅開業
1894 タワーブリッジ完成
1901 ビクトリア女王死去(夏目漱石も葬儀パレードを見物している)

 上記のような常設展示コーナーを過ぎると“婦人参政権運動家(Suffragette)、100周年”という特別展示コーナーがあった。

“言論より行動”婦人参政権運動の闘士パンクハースト夫人(1858~1928)

 パンクハースト夫人は1889年に夫と一緒に婦人参政権同盟(Women’s Franchise League)を設立して婦人参政権運動を牽引していった。そして政治家や団体に請願する平和的活動を行った。しかし前述したグラッドストーンやバルフォアのように当時の自由党、保守党のいずれからも全く相手にされなかった。

 1867年の第三回選挙法改正で一定の資産を保有する都市労働者に選挙権が拡大され、1884年の第四回選挙法改正でやはり一定の資産を保有する農村労働者にも選挙権が与えられた。別の見方をすれば資産を保有する成年男子にしか選挙権が認められなかった時代である。

 こうした壁を打破するために1903年にパンクハースト夫人は急進主義的な『婦人社会政治連合』(Women’s Social and Political Union 略称WSPU)を設立。スローガンは“Deeds not Words”であった。


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