2024年7月18日(木)

古希バックパッカー海外放浪記

2019年3月31日

戦闘的女性参政権運動家(Militant Suffragette)

 1908年、婦人社会政治連合主催により、ハイドパークで全国から集まった女性たちがパレードを開催。30万人もの男たちの野次馬が好奇の目で周囲を取巻いたという。

 1911年、ジョージ5世の戴冠式直前にパレードを計画したが当局の介入で失敗。

 当時ロンドン警察幹部は女性運動家のデモ行進を『保護するか弾圧するか』(Protection or Confrontation)迷っていたという。反対派の男性集団からの暴力行為が頻発したからである。
しかし次第に激化する女性運動家の示威行動に対して警官隊も女性たちの胸を掴んだりスカートをまくり上げたりとエスカレートしていった。こうした警官隊による性的攻撃の様子がニュース写真として展示されていた。

 さらに驚いたことに警官隊は女性活動家のデモ行進を阻止するために警棒だけでなくハンマー、チェーンも使用している。

 こうした当局の苛烈な弾圧のなかで、ロングスカート、フリルのスタンドカラーのブラウス、つば広の帽子というビクトリア朝時代のファッションをまとって背筋を伸ばして毅然としてデモ行進の先頭に立つパンクハースト夫人の写真が心に焼き付いた。

 パンクハースト夫人の姿はドラクロアの描いた『フランス革命で民衆を率いる自由の女神』そのものである。

婦人社会政治連合は犯罪者集団?

 婦人参政権運動は社会の関心を集めるために更に過激化して窓ガラスの破壊(window smashing)、放火(arson)、街頭での器物損壊(street violence)にエスカレート。しかし首相官邸や美術館など目立つ施設を攻撃するが人間には危害を与えないよう配慮していたという。

 1914年にはナショナル・ギャラリーで公衆の面前でベラスケスの官能的な絵画『鏡のビーナス』(Rokeby Vinus)を損壊する事件を起こしている。美術館や博物館での器物損壊は再三実行された。

 なぜ彼女たちはテロ活動に訴えたのであろうか。


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