2024年7月25日(木)

古希バックパッカー海外放浪記

2019年3月31日

婦人社会政治連合の累計投獄者数は1000人を越えた

 当時の判事の公判メモがあった。1912~1914年の間に起きた婦人参政権運動裁判を担当した判事の私的メモである。パンクハースト夫人他二人は窓を破壊(breaking window)したという罪状で二ヶ月の重労働(heavy lavour)の判決とある。

 裁判記録によると刑務所に収監された女性活動家は累計1000人を越えたという。

「投票権なくして納税義務はない」

 1909年には婦人納税拒否連盟(Women’s Tax Resistance League)が設立された。資産を保有する女性戸主も男性同様に納税義務を負っていたが「投票権が与えられず政治に参加できない市民には納税義務はない」と主張して納税を拒否したのである。

 いわゆる中流階層の女性戸主であるから社会的地位もそれなりにある婦人たちである。この納税拒否運動は1918年に婦人参政権が議会で成立するまで継続されたという。

世間はいつの世も時代を切り拓く“先覚者”には冷たい

 当時の世論を反映する新聞や雑誌記事の展示を見ると、既存支配階級だけでなく女性も含めて市井の少なからぬ人々が婦人参政権運動家(Suffragette)に対して懐疑的あるいは批判的であったようだ。彼女らの過激な行動に対しては冷笑したり嫌悪したりする論調が目立つ。

 『金切り声を上げるヒステリックな』(shrieking hysterical)、『醜悪な鬼婆ども』(ugly hags)、『母や妻としての役割を放棄した』(neglectful wives and mothers)というようなおどろおどろしい活字が紙面に踊っている。

 他方でデモを規制する警官隊の女性活動家への『手荒で容赦ない性的扱い』(manhandling brutal sexual manner)に対して批判する記事もある。

婦人参政権運動家の命を懸けた行動、今も残るショッキングな映像

 ロンドン市博物館の特別展示コーナーの最後にビデオ映像が流れていた。デモ行進する映像では警官隊と揉み合う場面が印象的だ。

 季節は初夏であろうか。白いロングスカートに帽子を被った女性たちが警官隊に阻止されて胸を掴まれたり、後ろから羽交い絞めにされたり、全身を持ち上げられていた。

 そして最もショッキングであったのは、女性が競馬場で走ってきた競走馬に踏みつぶされる瞬間を映した映像である。

 解説によると、1913年のダービーレースに婦人参政権運動家のエミリー・デイビソン(Emily Wilding Davison 1872~1913)が乱入して、国王ジョージ5世の所有する馬にはねられて四日後に死亡。エミリーは国王以下大衆の面前で女性参政権を訴えるためにダービーレースに乱入したという。


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