定年バックパッカー海外放浪記

2019年3月31日

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“婦人参政権”って日本国憲法に書いてあるよね

 21世紀の日本では選挙において、全ての成人男女に投票権があることが当然の権利であり、改めて参政権について考えることがないように思う。

 1918年に英国議会で婦人参政権(30歳以上の戸主または戸主の妻という制限付きであるが)が初めて認められてから2018年は100周年にあたる。このためロンドン滞在中に大英図書館やロンドン博物館で記念展示が行われており、20世紀初頭に悲惨で過酷で過激な婦人参政権獲得闘争が繰り広げられていたことを知ることになった。

 日本では平塚らいてうが『原始女性は太陽であった』と説いて婦人参政権運動を進めたが、穏健な理想主義を追求する運動であった。さらに第二次大戦後マッカーサー総司令部の民主化政策に沿って日本国憲法が起草・公布されて男女平等普通選挙権が“お上から賦与”された。

 こうした日本の経緯と比較すると、わずか百数十年前の英国の婦人参政権運動の実相は正に闘争(struggle)であったようだ。

大英帝国の黄金期ビクトリア女王の御代(在位1837~1901)とは?

ビクトリア女王(TonyBaggett/gettyimages)

 ビクトリア女王は夫君アルバート公の逝去以来生涯喪に服して公の場には姿を見せず、政治には関心を示さず「君臨すれども統治せず」の現在の英国王室の伝統を作ったと巷間流布されている。しかしそれは後世意図的に作られた虚像ではないだろうか。

 大英図書館には歴史上の著名人の手紙が多数所蔵されている。そのなかでビクトリア女王の手紙が目を引いた。

 ビクトリア女王は時の宰相であったグラッドストーン首相とは頻繁に短信を遣り取りしていたという。展示されている女王の手紙は達筆であった。1870年2月10日付の手紙では“女性の政治的権利拡大に反対”という点でグラッドストーンと同じ見解であると記している。婦人参政権を“女性の誤った権利”(erroneous right of woman)と表現している。かなり踏み込んだ政治的意見表明である。

 19世紀後半の英国政界で自由党の党首として自由主義者・進歩主義者の代表と目されたグラッドストーン。彼が野党時代の若き日にアヘン戦争の開戦決議に「大義がなく非人道的である」として反対演説をしたのは広く知られている。

 そのグラッドストーンですら婦人参政権を完全否定している時代であった。隔世の感がある。

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