2024年11月21日(木)

はじめまして、法学

2019年4月24日

書籍『はじめまして、法学 ―身近なのに知らなすぎる「これって法的にどうなの?」』(遠藤研一郎 著)より抜粋してお届けします。1回目は、「親の虐待」から子どもを守るための法律や制度について。

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追いつめられる親子

 血縁関係があるからといって、しっかりと子育てをする親ばかりではありません。さまざまな事情で、子どもに愛情を感じることができない親もいるのが現実です。そしてそれは、時として、児童虐待という形で表れます。

 『きみはいい子』(中脇初枝著、ポプラ文庫)という小説は桜が丘という町を舞台にして紡がれる5編の短編集です。夕方5時まで家に帰れず雨の日も校庭にたたずむ生徒、娘に手を上げてしまう母親、障がいをもった男の子……。虐待が1つの大きなテーマになっていて、虐待をされる側、する側の両方の心理が描かれています。

 この小説(および映画)には、それぞれの苦悩・絶望の中に一筋の希望が見えます。しかし、現実はそのようなものばかりではありません。児童虐待には、殴る、蹴る、性的暴行、ネグレクト、言葉による脅しなど、形態は多岐にわたりますが、どれも等しく、子どもは傷を負います。時には、発見が遅れて死亡してしまう事件もあります。「どうしようもない親」もいますが、中には、さまざまな状況から追いつめられて、社会的孤立の中で虐待に至ってしまう親もいます。

 児童虐待がなされた場合、その子は、どのような社会的保護を受けられるのでしょうか。児童福祉法や児童虐待の防止等に関する法律に基づいて、いくつかの制度が設けられています。

 たとえば、一時保護制度があります(児童福祉法33条*1)。これは、緊急に子どもを家庭から引き離す必要がある場合に一時的に用いられるものです。親などの意思に反して行うことができますし、また、裁判所の許可も要することなく行政上で行うことができる、強力な制度です。

 また、児童養護施設もあります(児童福祉法41条*2)。これは、災害や事故、親の離婚や病気、また不適切な養育を受けているなどさまざまな事情によって、家族による養育が困難な子どもたちが暮らすための施設です。現在、全国で600程度の施設に約3万人が暮らしています。個々の自立目標に合わせた支援計画をもとに、児童指導員、保育士などの専門職の人たちが、子どもたちの養育を行っています。

 いろいろな親子関係があります。何が理想の親子関係かは分かりません。ただ、子どもは、基本的に親を選べません。ですから、少なくとも、親の言動によって、子どもの明るい未来が閉ざされてしまうことは避けなければなりません。

*1 【児童福祉法33条】①児童相談所長は、必要があると認めるときは、(中略)児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、児童の一時保護を行い、又は適当な者に委託して、当該一時保護を行わせることができる。②都道府県知事は、必要があると認めるときは、(中略)児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、児童相談所長をして、児童の一時保護を行わせ、又は適当な者に当該一時保護を行うことを委託させることができる。

*2 【児童福祉法41条】児童養護施設は、保護者のない児童(乳児を除く。ただし、安定した生活環境の確保その他の理由により特に必要のある場合には、乳児を含む。以下この条において同じ。)、虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設とする。

子どもも保護者も支える児童相談所

 児童虐待への対応の中核を担う行政機関として、都道府県に設置された児童相談所があります。児童相談所が虐待の通告を受けると、先ほど説明をしたように、子どもの一時保護、児童福祉施設への収容などの措置をとることになっています。子どもの命に関わる緊急性のあるケースも少なくありません。とくに最近は、子どもの安全確認・安全確保のために、積極的な介入が期待されています。

 ただし、児童相談所は、同時に、保護者の行動や生活の改善に向けて支援する役割も担っています。つまり、「保護者と対峙する」のと「保護者に寄り添う」という相反する役割があり、難しい舵取りが要求されています。

 また、児童相談所は、児童虐待だけを取り扱っているわけではありません。戦後間もないころの戦災浮浪児対応にはじまり、時代ごとのニーズに合わせた形で、児童やその保護者に対する支援を行っています。その範囲は、子どもの発育に関する相談、障がい・非行・不登校などの相談・支援など、さまざまです。児童対応のための、いわば百貨店的な存在であり、仕事も厳しく、仕事量も非常に多いといわれており、現場は慢性的に疲弊していることが問題視されています。『ちいさいひと 青葉児童相談所物語』(夾竹桃ジン/漫画・水野光博/シナリオ、小学館)は、児童福祉司が奮闘する漫画ですが、実際の現場はつねに過酷です。

年々増加する児童虐待 写真を拡大

血がつながっていなくても…

 虐待をすれば、親とはいえ、もちろん、刑事的責任に問われる可能性もあります。たとえば、保護責任者遺棄罪(刑法218条*3)、遺棄等致死傷罪(刑法219条*4)、暴行罪(刑法208条*5)、傷害罪(刑法204条*6)、傷害致死罪(刑法205条*7)などです。『「鬼畜」の家│わが子を殺す親たち』(石井光太著、新潮社)は、厚木市幼児餓死白骨化事件、下田市嬰児連続殺害事件、足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件の3つを取り上げています。同書が、ノンフィクションであることが胸に刺さります。

 民事上はどうでしょうか? 先ほど説明したとおり、民法上、親は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負うものとされており、その範囲内でその子を懲戒することもできます。しかし、もちろん、虐待はその範囲に含まれません。親権者として、子の監護にふさわしくない事情がある場合には、子を保護するため、本人を含む特定の人からの申立てにより、親から親権を奪う(親権喪失・停止)制度があります(民法834条、834条の2*8)。

 では、親が育てられない場合、その子どもはどのように育てられるのでしょうか。児童養護施設などに加え、より一般的な「親子」に近い養育の方法として、里親制度(とくに養育里親)があります。必要な子どもを預かり、親に代わって一時的または継続的に養育する仕組みです。基本的には、実親のもとで暮らすことができるようになるまでですが、期間はまちまちで、長い場合は成人になるまで委託を続けるケースもあるようです。

里親制度と養子縁組の違い 写真を拡大

 さらに、血がつながっていなくても親子関係を認める制度として、養子縁組があります。とくに日本では、今まで、血縁によらない擬制的な親子関係が、途絶えることなく重要な役割を果たしてきました。日本において昔から多くの割合を占める養子は、婿養子を中心として、家の承継や親の扶養を目的とする成年養子です。今もその傾向は変わりません。しかし、実の親の監護を受けることが難しい未成年の子どもを対象とした、特別養子縁組制度もあります(民法817条の2以下*9)。

 家のための養子縁組ではなく、子どもの福祉のための養子縁組です。生みの親との親子関係を消滅させて成立させるものであり、また、基本的に離縁が認められないなど、強い親子関係を作ります。児童相談所や民間団体によるあっせん活動が活発化する中、特別養子縁組の活用も徐々に増えてきています。

*3 【刑法218条】老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する。

*4 【刑法219条】前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

*5 【刑法208条】暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

*6 【刑法204条】人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

*7 【刑法205条】身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期懲役に処する。

*8 【民法834条】父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。(後略)
​【民法834条の2】①父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権停止の審判のすることができる。

*9 【民法817条の2】①家庭裁判所は、(中略)養親となる者の請求により、実方の血族との親族関係が終了する縁組(以下この款において「特別養子縁組」という。)を成立させることができる。(後略)

著者:遠藤研一郎(えんどう・けんいちろう)
中央大学法学部教授、通信教育部長。獨協大学法学部非常勤講師。専門は 民事法学。1971年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修 了。岩手大学人文科学部講師、助教授、獨協大学法学部助教授、中央大学法 学部准教授などを経て現職。おもな著書に、『高校生からの法学入門』(中 央大学出版部)、『民法(財産法)を学ぶための道案内』(法学書院)など。

  
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