世界の記述

2019年8月5日

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 延命措置の停止は人間の権利か、それとも殺人か。フランス北東部ランスの病院で7月2日、「死ぬ権利」を求める患者に対し、治療を中止し、11日に死亡したことが物議を醸している。

(Images_by_Lisa/iStock)

 2008年に交通事故で全身麻痺(まひ)となった元看護師バンサン・ランベール氏(42)の医療措置停止を、最高裁が6月28日に認めた。数々のリハビリ療法の末、13年以降は尊厳のある死に向け、妻のラシェルさんを中心に延命措置の停止を要請してきた。

 これまで13年から三度にわたり、水分や栄養補給停止の試みがなされたが、いずれも中断に至ってきた。今回は、最高裁が停止措置の再開を命じたものだ。

 敬虔(けいけん)なカトリック教徒であるランベール氏の両親は、ラシェルさんや病院が受け入れる生命終焉の対応に強い反対を表明。国連人権理事会を通じて、最高裁や病院の決定にストップをかけてきた。

 フランスでは、隣国のスイスやベルギーと異なり、致死薬投与によって死期を早める「安楽死」は違法行為。だが、16年2月からは、医療麻薬で昏睡(こんすい)状態にし、徐々に死に向かわせる「深い持続的鎮静」は合法に至っている。

 このランベール氏のケースは、日本でも行われている延命措置の中止や手控えによる「尊厳死」に当たる。『バンサン、愛しているから、あなたを旅立たせたい』(仮訳)を出版した妻のラシェルさんは7月1日、報道陣に対し「(夫が)自由な人であってほしい。彼の信念が尊重されるべき」と訴え、尊厳死を求めた。

 しかし母親のビビアンヌ・ランベールさんは同日、国連人権理事会で「バンサンを殺そうとしている。彼は終末期ではないし、植物状態でもない」と主張した。

 こうした尊厳死肯定派と否定派の対立が、フランス国内では激化。新聞やラジオは、ランベール氏が障害を持つ以前、「人工的に生かされたくない」「植物状態で生きたくないと言っていた」といった肯定派の意見を取り上げた。

 これに対し、ビビアンヌ氏をサポートする団体はウェブサイトを立ち上げ「彼は植物状態ではない」「自発呼吸をしている」など、生命維持を全面的に打ち出していた。

 ラシェルさんが主張するような延命措置停止を求める事前指示書は、現状見当たらない。「本人の意思」が確認されないだけでなく、「死ぬ権利」を一般化しようとする拙速な報道や世論も危険だ。

 ランベール氏の死を巡る議論が、今後も注目される。

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