2023年2月8日(水)

VALUE MAKER

2019年12月29日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

ジャーナリスト

千葉商科大学教授(4月から)。1987年日本経済新聞社に入社。フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長などを務め、11年に独立。著書に『2022年、働き方はこうなる』(PHPビジネス新書)など。

井深さんの思い

 本社工場の入り口を入った一角に、パネルが掲げられ、井深さんの写真とともに、こんな言葉が刻まれている。

 「仕事は、障がい者だからという特権なしの厳しさで、健丈者の仕事よりも優れたものを、という信念と自立の精神を持ってのスタートでした」

 太陽の家の創設者だった中村裕(ゆたか)医師の、「チャリティーではなくチャンスを」という理念に突き動かされ、大分に工場を建てて障がい者が仕事に就く機会を作ったのだ。今でこそ、障がい者も健常者と同様に働くのが当たり前という認識が広がったが、当時としては画期的な考え方だった。

 今では、障がい者雇用は法律によって基準が定められ、その基準をクリアすることだけを考えている会社も少なくない。昨年は多くの省庁で障がい者の雇用数の水増しが発覚した。

 だが、井深さんは法律で義務付けられる前からこの会社を立ち上げたのだ。同じように、オムロンやホンダ、三菱商事といった企業の当時の経営者が中村医師に共鳴して共同出資会社を作っている。

 その中村医師は障がい者スポーツの振興にも情熱を傾け、1964年の東京パラリンピックでは選手団長として大会を成功に導いた。「日本パラリンピックの父」と呼ばれている。

 ソニー・太陽で働く社員180人のうち64%に当たる115人に障がいがある。多くが四肢や聴覚の障がいだ。だが、健常者の仕事よりも優れたものをという創業以来の独立精神は間違いなく生きている。

 工場の中では、障がいがあっても同じ仕事ができるように作業台の高さや並べ方を変えている。さまざまな補助作業用具を自分たちで工夫して作ったりするのは当たり前、という文化が根付いているのだ。

ソニー・太陽の生産現場では、その人の障がいによって作業スペースがカスタマイズされている

 モノづくりの多くは人件費の安い海外に移転していった。ソニー製品も例外ではない。そんな中で国内にある工場に、人手を使って生産する製品を残すのは簡単なことではない。当然、高い付加価値が求められる。ソニー・太陽では、大量生産するほどは売れないが、着実に需要があるハイエンドのマイクロホンやヘッドホンなどを組み立ててきた。


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