強制ではなく、インセンティブを与える
「社会スコア」が導入されつつあるのも、強制力で従わせるのではなく、お行儀の良い行動をとったほうが「得」というインセンティブを与えることで、自然にその方向に向かわせるという狙いがある。
こうしたことから、中国では「便益(幸福)を求めるため、監視を受け入れる」、「プライバシーを提供することが利益につながる」という考え方が一般化している。
二人はどのような場面でそれを最も実感したのか?
「中国では、医療体制に問題を抱えていました。オンライン診療ができることになったことで、何時間も並んで診察を受けるといったことがなくなりました。サービスを提供しているのは大手保険会社で、個人が差し出す医療情報をビッグデータとして蓄積・解析することでビジネスに活用しています。これにより、迅速かつ低コストで、医療サービスを提供することが可能になっています」(梶谷さん)
「一つだけあげるのは難しいですが、梶谷さんのおっしゃる医療でもそうですし、顔認証だけで様々なサービスが受けられたり、自動車を駐車場に停めても勝手に精算が済んでいたりと、生活するなかでの面倒が日々少なくなっていくのを実感することができます」(高口さん)
「もちろん、日本などと比べると、中国のサービスレベルがまだまだ低いということもあるのですが」と、二人とも笑う。
信用スコアはもちろん、QRコード決済など、中国で新しいサービスが急速に普及する背景には、もともとそうしたインフラが整っていないということも関係している。日本でいえば、決済はクレジットカード、スイカなどの電子マネー、モバイル決済へと発展してきたが、中国では、そうしたステップを飛ばして、QRコード決済からスタートしている。
日本など先進国だと、先に整ったインフラや規制(ルール)が弊害となって新しいサービスがすぐに社会実装化されることは少ない。米ウーバーのサービスが「白タク」として許可されていないのは、その典型例だ。
「レギュラトリー・サンドボックス方式」と呼ばれる、規制緩和を行って新技術の実証事件を行う仕組みが、イギリスやアジアで導入されているが、中国ではまさにそれを地で行き「先にやって後で許可を得る」という形で、日常的に新しいサービスの試行錯誤が行われている。こうした環境がベンチャー企業を育み、中国発の新サービスを生む土壌となっている。
「テクノロジー先行、というカルチャーは、シリコンバレーと共通していると思います。欧州では、個人情報や個人の権利に関わることであればストップがかけられることが多いですし、日本にいたってはこうした問題をまだきちんと考えられていない状況です」(梶谷)
「日本の場合、確かに考えていなくて、でも、技術もあるし、皆がやっているので、何も考えずに『とりあえずやってみよう』ということになってしまう可能性があると思います」(高口)
「考える」という、意図した行為を伴わなければ、自ら新しいサービスを生み出すことができず、フォロワーに甘んじてしまう。