2024年4月20日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2019年8月23日

新疆ウイグル自治区というディストピア

 一方で、デジタル・監視国家の負の側面もある。代表例として本書でも挙げられているのが、ウイグル人の問題だ。彼(女)らは日常生活を監視カメラやスマホのスパイウェアで管理されている。「公園で旗を振ると、警告を出すAI監視カメラ」も設置されているという。イスラームの信仰に熱心だったり、海外とのつながりがあるとみなされた人々は「再教育施設」という名の収容所に入れられることまであるという。そこでは、「過激な思想」を矯正するとして思想教育が行われるほか、「職業訓練」として低賃金労働に従事させられる。一般の中国人(漢民族)はこの問題をどのように考えているのだろう。

 「私が中国に留学していた際の経験からも、マジョリティである漢民族の中には、新疆人(ウイグル人)は何をするか分からない、怖い人たちだ、という意識があるのを感じました。2009年に新疆ウイグル自治区ウルムチ市で起きた多数の死傷者が出た騒乱は、その傾向を一層強めました。ですから、他地域で実施されれば激しい反発が予想される厳しい監視体制も、ウイグル人を対象にしたものである限り、抵抗なく受け入れられている面があるように思います」(梶谷さん)

 「やはり、民主主義の欠如ということが問題です。同時に、99%の中国人にとって、そのリスクは捉えられていません」(高口さん)

 使い方次第で、ディストピア社会も生み出してしまうが、多くの中国人にとって、それは圏外の問題なのである。

 もう一点、不気味さを感じさせるのが、民意を先回りして政策を実行できるという点。

 「言論の自由が保障されていないにもかかわらず、買い物の履歴やSNSの発言から情報を収集することで「民意」をくみ取り、それを政策に反映することが可能になっています」(梶谷さん)

 「中国の大手IT企業や官制メディアは、地方政府向けに世論監視システムを販売しています。なんだか恐ろしい機密に思えるかもしれませんが、中国の展示会に行くと、普通に売り込みブースがあって、パンフレットも配ってます(笑)。そうしたシステムを扱うための「国家世論観測師」という国家資格まであるほどです。こうしたシステムを駆使すれば、選挙ではなく、監視によって民意を察知することも可能です。たとえば焼却場の建設計画を進めている時、住民の反発が非常に強く大規模な抗議活動が起きかねないと、世論監視システムが予測します。そうすると、地方政府は先手を打って説得したり、あるいはスピン情報を流したりという対策が打てます。場合によっては建設計画を撤回することもあるわけです」(高口さん)

 これまで、社会課題などを議会で議論することで解決するという形をとってきたわけだが、情報を収集して解析すれば、そのような手間のかかる作業をしなくても、多くの人にとっての最適解が出されてしまう。社会に対して大きな不満を持つことなく(ということは、投票率は益々下がり、今でも少ないデモなどももっと起きなくなる)、無風のまま政府によって飼いならされていく……。テクノロジーの発達によって人の仕事が奪われるということが話題になっているが、民主主義社会を支える土台においても、人間が積極的に関与しなくてもよい状況が生まれつつあるのかもしれないと思うと、背筋が寒くなる。


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