「『そんな条件飲めるか』とテーブルをがんがん叩くうちに、どんどん補償額はつりあがった」。いきなりそんな調子で当時を思い出してくれた。交渉は、南相馬市や富岡町など浜通り各地のホテルや旅館で20回に渡って重ねられた。
交渉にあたって、まず青森県の東通村を視察したという。東通村の各漁協は1992年から95年に原発の建設をめぐって東電や東北電力と補償交渉を済ませたばかり。電力会社からの協力金で建設した漁業施設を見学したり、補償額の相場や東電との交渉の仕方を聞いたりした。「勝負どころだと思ったら出先と交渉しないで本店まで乗り込め」そうアドバイスされたという。
当初、東電が浜通りの7漁協に提示した補償額は100億円。「十分に練った上で決めた額でこれ以上は釣り上げられない」。そう言っていた東電も、元幹部らの突き上げに20億円を上乗せすることに承諾したという。元幹部は「原発がこれ以上増設されることはないだろうから、『これが最後だ』と思ってこっちも気合いが入った」と交渉の経過を振り返ってみせた。
「漁業補償はとにかく難しい」。ある電力会社の幹部はこう説明する。「国に発電所の事業計画を提出するにあたって、地元の漁協の同意を取りつけることが義務付けられています。同意が得られないとなれば、いつまででも着工のメドが立たない。いきおいどうしても事業者側は漁協に対して強く出ることができないのです」。
補償額の算出には国の基準がある
発電所や工場の建設、海面を埋め立てたり河川でダムを建設したりすることで、漁業権が消滅したり、制限されたりする場合がある。漁業補償は、こうした損失を補償するためのものだ。漁業補償について定めた国の「公共用地の取得に伴う損失補償基準」によると、事業によって受ける影響の性格によって、4つの種類に分けられる。1つめは「消滅補償」と呼ばれるものだ。埋め立てによって漁場そのものが消滅し、将来にわたって漁業ができなくなることに対する補償で、最も手厚く補償金が支払われる。2つめは「価値減少補償」で、埋め立てや橋などの構造物を新設することで漁場の環境が変化し、漁場の価値が低下することに対する補償。3つめは「漁労制限補償」で、埋め立てなどの工事のために一定期間、漁業ができなくなる場合に支払われる補償。そして4つめの「影響補償」は、工事の影響で潮の流れが変わってしまうなど、漁獲量の減少が見込まれることに対する補償だ。
4つの補償のうち消滅補償や価値減少は工事が完成した後の影響に対する補償で、漁労制限補償と影響補償は工事中の影響に対する補償だと考えればよい。補償を受け取ることができるのは、工事を行う区域で漁業権をもつ漁協の組合員らだ。
国の基準に従えば、補償額の算定は、まず漁協への聞き取りや統計資料などをもとに、刺し網やはえ縄など漁業の種類ごとに過去3年ないし5年の組合員の平均漁獲高を算出する。これに影響が出る魚場の割合や制限を受ける年数などをもとに決まる係数をかけてはじき出すことになっている。
基準は有名無実
ところが、自治体に代わり実際に算出業務を数多く請け負うコンサルタント会社の経営者は、「補償額を算出する上で基本となる平均漁獲高は、どんなデータをインプットするかによっていかようにも変えることができるのが実態。税務署の土地評価額を元に計算する用地補償などに比べて漁業補償は不確定・不透明な部分があるのは事実」と認める。