2024年11月23日(土)

海野素央の Democracy, Unity And Human Rights

2019年9月27日

トランプの思惑

 今回の「ウクライナ疑惑」で、トランプ大統領がバイデン氏をかなり意識していることが明らかになりました。周知の通り、2016年米大統領選挙においてトランプ大統領はヒラリー・クリントン元国務長官が機密性が低い私用サーバーを使って公務を行った「メール問題」を取り上げ、選挙の争点にすることに成功しました。

 加えて前回の選挙では、トランプ大統領はワシントンにいる腐敗したエスタブリッシュメント(既存の支配層)を「沼(スワンプ)」と呼び、「沼の水を抜け(腐敗したエスタブリッシュメントをワシントンから追い出せ)」と支持者に繰り返し訴えました。現在でもトランプ支持者は腐敗している人物や政府を「沼」と呼んでいます。

 例えば、筆者が昨年首都ワシントンで開催された全米最大のユダヤ系ロビー団体「米国・イスラエル公共問題委員会(AIPAC エイパック)」の年次総会に研究の一環として出席すると、参加者がトランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー氏を「沼」と呼んでいました。

 仮に20年の選挙でバイデン氏が対戦相手になった場合、トランプ大統領はバイデン親子に対して「腐敗したエスタブリッシュメント」というレッテルを貼って、「彼らは沼だ」と訴えるでしょう。16年の米大統領選挙と同様、腐敗したワシントンのエスタブリッシュメントと自分は戦っているという演出をする狙いがあります。

 ただし、今回の米大統領選挙においても、トランプ大統領の思惑通り事が進むかどうかは不透明です。

ゲームチェンジャー

 これまで弾劾手続きに慎重な姿勢を示してきたナンシー・ペロシ下院議長は24日、「大統領が米憲法、安全保障、選挙の信頼性を裏切った」と述べて、下院がトランプ大統領の弾劾調査を正式に開始すると発表しました。その際、「法の上に立つ者など誰もいない」と強調しました。この主張に賛成する米国民は少なくないでしょう。

 米議会では7月24日、ロバート・モラー元特別検察官がトランプ陣営とロシア政府との共謀及び同大統領による司法妨害に関する「ロシア疑惑」について証言しました。翌25日に、トランプ大統領はゼレンスキー大統領と電話協議を行っていたのです。この件に関しても、「トランプは自分が法よりも超越していると考えているのではないか」といった批判の声が出ているからです。

 下院は野党民主党が多数派なので、弾劾訴追決議が成立する可能性は高いといえます。しかし、上院は過半数を与党共和党が占めているので、同院で開催される弾劾裁判で大統領罷免に必要な3分の2の賛成票を獲得することは極めて困難な状況です。

 しかも過去に、共和党がビル・クリントン元大統領を弾劾に追い込みましたが失敗し、逆に米国民から批判を受ける結果になりました。今回、民主党には同じ轍の道を踏む政治的リスクが存在しています。

 にもかかわらず、ペロシ下院議長が弾劾調査に踏み切った背景には何があるのでしょうか。

 下院民主党内からの圧力があったことはもちろんですが、ペロシ議長の政治的嗅覚が働いたフシがあります。

 「ウクライナ疑惑」は「ロシア疑惑」とは異なり、米国民にとって安易に理解できます。しかも、「ウクライナ疑惑」を利用して、トランプ大統領を「権力の乱用者」「共謀者」「愛国心のない裏切り者」として描くことが可能です。同大統領が下院の6つの委員会による捜査に協力しなければ、「司法妨害者」としてレッテルを貼ることもできます。

 ペロシ下院議長には「ウクライナ疑惑」に関する公聴会を重ねていく過程で、米国民の関心を高め支持を獲得していけば、トランプ罷免を実現できるという思惑があるのかもしれません。つまり、「ロシア疑惑」の追及は決定打に欠けていましたが、「ウクライナ疑惑」はゲームチェンジャー(世論の動きを大きく変える出来事)になり得るとみているのでしょう。


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