2024年4月28日(日)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年10月22日

 10月4日、香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、50年以上も発動されたことのない緊急条例を発動し、デモ参加者によるマスク着用を禁止した。緊急条例により、彼女はほとんど無制限の権力を手にできる。ラムは、6月以来拡大した抗議を沈黙させるために、この緊急条例を使って外出禁止令を出すなど、他の措置も執り得ることになる。

Inner_Vision/byryo/Oleksii Liskonih/iStock / Getty Images Plus

 中華人民共和国建国70周年の祝賀行事が終わった後、中国は香港により強硬な姿勢を示すのではないかと懸念されたが、そういう方向になってきている。香港のデモに対しては、彼らの要求を部分的に受け入れ、まず騒ぎを収めるというのが取るべき策と思われる。

 おそらく、国慶節で北京に行ったラム行政長官に対して、中国当局から、デモ隊との対決姿勢を取るようにとの強硬路線が指示されたのであろう。緊急条例の発動、それに基づくマスク着用禁止はデモ参加者と香港行政府との間に新たな論争点を作り出すもので、この香港騒動を収めるのに資するものではない。ラムは、デモ側の5大要求のうち、既に逃亡犯条例撤回をしている。警察の武力行使が過剰であったのかどうかの調査委員会設置、デモ参加者の暴徒認定の取り消しなどの他の要求を受け入れて、デモを鎮めることは十分可能であったと思われるが、逆の方向の策が取られている。

 共産党というのはレーニン流の「一歩前進、二歩後退」で、戦術的柔軟性を発揮するのが得意であるが、今の中国共産党は内部事情があるのか、そうしていない。今後、どうなるか。デモは続くだろう。指導者のいないデモであるから、収束させるのはなかなか困難であろう。10月8日には、ラムは、香港政府は北京による介入がなくても拡大する暴力に対処できるとしつつ、「あらゆる選択肢を排除すべきではない」として、北京への支援要請や、追加の緊急措置を発動する可能性も示唆した。夜間外出禁止令まで行くかもしれない。

 法の支配がない香港が今のアジア金融センターの一つとして、かつ自由な都市として繁栄していくことはないだろう。米議会では、香港が現在の米国からの特別な経済的・法的扱いに値するほど、中国から十分に自律的であるかどうかの見直しを要求する「香港人権・民主主義法案」が審議されており、採択される可能性がある。米国のテッド・クルーズ上院議員(2016年米大統領選の共和党候補の一人)は、台湾の双十節(中華民国建国記念日)の式典に出席した後、10月12日、香港を訪れ、デモ指導者とも会見した。彼は、連帯の証として抗議デモ参加者を象徴する黒の服装を着用し、「香港人権・民主主義法案」の成立に向けて努力することを表明するなどしている。ラム長官とも会う予定であったが、キャンセルされた。会談内容の非公開の要求を拒否したのが原因とのことで、クルーズ議員は「ラム長官は言論の自由について誤解している」と批判した。

 香港の繁栄が終わることは香港人にとって大きな不幸であるが、中国にとっても大きな損失になる。台湾への影響も無視できないものになろう。習近平は、台湾を「一国二制度」の枠組みで統一することを目指すと明言している。香港での「一国二制度」の運用が如何に有名無実であるか白日の下にさらされた様子を目の当たりにして、台湾人の北京に対する警戒感、「一国二制度」なるものへの不信は高まる一方である。

 香港デモ隊の歌、「香港に栄光あれ」は人々の心に思い出として残るだろう。

  
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