九州新幹線の部分開業日に1日限りで作られたイベント用の弁当が、
数年で九州ナンバーワンの駅弁に成長した。
町興し関係者の誰もが夢見る成功物語は、
開業以来建て替えされず、駅員の消えた小さな駅で生まれた。
ここにひとつの駅があります。駅おこし、町興しのために、駅弁を開発しました。駅で売ったら好評でした。そのうち、駅弁を目当てに観光客が来るようになりました。駅は活性化し、街は発展しました。めでたし、めでたし。
地域振興に携わるスタッフや組織が描きがちな、このようなシナリオ。しかし、過去10年で3800種類の駅弁を食べてきた身だから、断言する。駅弁を作ったから売れる、駅弁で町興しができるなど、幻想に過ぎない。地域興しの駅弁という話は毎月のように耳にするが、そもそもいっときのイベントを終えてさらに販売を継続するものでさえ、残念ながらほとんど出会えない。
そんななかで、鹿児島県・肥薩線嘉例川駅の駅弁「百年の旅物語かれい川」は、21世紀にサクセスストーリーを実現した希有な事例である。もとは2004年3月13日の九州新幹線部分開業に合わせ、この駅に停車する観光列車「はやとの風」のデビューを記念して、一日限りの駅前イベント向けに売られた弁当である。
JR九州の駅弁キャンペーンで3年連続の第1位
これがのちに週末に限り駅で売られるようになり、観光列車の車内販売に採用され、JR九州の駅弁キャンペーンに取り上げられ、さらにはそこで3年連続の第1位を獲得した。生まれてまだ8年だが、今では九州で最も有名な駅弁のひとつと言える。冒頭の悲観論からは信じがたい成功事例が、ここに生まれた。
南九州の無人駅で駅弁が売られ続けているという噂が、関東地方の駅弁ファンにまで聞こえてきた2004年の年末、現地にその存在を確かめに行った。果たして古く黒ずんだ木造駅舎の中で、その駅舎の写真を描いた掛紙を巻く竹皮編みの弁当容器が数個だけ、テーブルの上で客を待っていた。調製元が個人名で、連絡先が携帯電話という、昭和の国鉄の頃には絶対に存在し得ない点にまず驚いた。
ふたを開けると、中身は茶色く明るかった。たき込みご飯の上にはシイタケとタケノコの煮物が乗る。「ガネ」と地元で呼ばれるサツマイモ入りの天ぷら(薩摩揚げ)が、けっこうな大きさで2分割されてすわる。コロッケの中にもシイタケとタケノコが入る。切り干し大根は春巻の皮の中に収まり、容器の隅でナスとカボチャが味噌田楽になっている。