2024年4月23日(火)

中東を読み解く

2019年11月12日

“聖域”ヒズボラへの非難

 レバノンでは、ハリリ政権が「ワッツアップ」など無料だった通信アプリに課税することを発表したことをきっかけに、若者らが10月中旬から政治改革や腐敗の撲滅、雇用の増大などを叫んで立ち上がり、反政府運動は瞬く間に全土に波及した。デモは首都ベイルートで数十万規模に膨れ上がり、治安部隊とも衝突した。ハリリ首相は課税案の撤回や国会議員や公務員の給料の半減などの改革案を発表したが、抗議行動は収まらなかった。

 デモの背景としては、経済の低迷がある。人口600万人の小国レバノンでは近年、景気が低調で、通貨の下落や失業率の高止まりなどに悩み、世界第3位の借金大国に陥った。金持ち3000人が国家収入の10分の1を稼ぐという貧富の差も拡大した。昨年、117億ドルという国際的な支援がまとまったが、支援は政治・経済改革を見てから履行するとして凍結されたままだ。

 抗議行動が周辺国を驚かせたのは、同国を牛耳り、“聖域”とされてきたシーア派武装組織ヒズボラに対する非難を激化させたからだ。強力な中央政府が存在しないレバノンは中東の柔らかい脇腹といわれ、1975年から始まった内戦下では、武装勢力が群雄割拠し、中でもアラファト議長率いるパレスチナ解放機構(PLO)が事実上支配する状況が続いた。

 しかし、PLOがイスラエルや米国によってレバノンを追われた82年以降は、イランが創設したシーア派武装組織ヒズボラが力を持ち、政治や経済ばかりか、社会全体を仕切るまでに成長した。その結果、ヒズボラがレバノンの利権を抑え、腐敗が一段とまん延した。

 ヒズボラの指導者ナスララ師は「デモは混乱を招く空白を作り出している」と非難している。この非難を受けてか、ベイルートのデモ隊の拠点がヒズボラと見られる一団に襲われる事件が続発したが、こうした行為は逆に若者らの怒りに拍車を掛けた。

 イラクとレバノンというイランの影響下にある両国の反政府行動について、イランの最高指導者ハメネイ師は「米国と西側の情報機関がこれらの国で政情不安を煽っている」と批判した。ハメネイ師自ら、米国の陰謀論を持ち出さざるを得ない現実がイランの危機感を物語っているが、“第二のアラブの春”といわれる両国の騒乱の行方は今後の中東情勢に大きな影響を与えるだろう。

  
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