イラクとレバノンで政治・経済改革や腐敗の一掃を叫ぶ反政府デモが拡大、それぞれ国家を揺るがす深刻な事態に陥っている。レバノンではハリリ首相の辞任に発展、イラクではこれまで、デモ隊と治安部隊の衝突で約320人が死亡した。デモの背景には両国に強い影響力を行使するイランへの反発があり、「シーア派諸国の支配」(専門家)というイラン戦略に狂いが生じている。
史上初の草の根運動
両国の抗議行動は期せずして10月から始まった。イラクの首都バグダッドでは、若者らがインターネットやスマホのソシャルメディア(SNS)を通じた呼び掛けで集まり、政治改革や汚職・腐敗の一掃、雇用の拡大などを要求。その運動が電力や水、住宅不足などインフラに対する不満と直結して爆発、抗議デモは瞬く間に拡大した。
注目されるのは、デモが発生しているのが政治を牛耳る中部以南のシーア派地域に集中している点だ。中西部に集中する少数派のスンニ派地域や北部のクルド人地域ではまだ発生していない。つまりはシーア派支配層に、同じシーア派の若者たちが反乱を起こしている構図であり、「史上初の草の根運動」(アナリスト)と指摘されるように、宗教や政治派閥に関係なく、「社会正義」の実現を目指している点が特徴だ。
イラクの人口4000万人のうち、米軍侵攻のあった2003年以降に育った若者は60%にも達する。こうした若者は良きにつけ悪しきにつけ米国流の自由と民主主義を身近に感じ、インターネットの発達で世界情勢を目にし、自分たちの置かれた境遇とあまりにも異なる現実にショックを受けた。
なぜなら若者たちの日常は、米軍の侵攻による内戦や過激派組織「イスラム国」(IS)とのテロとの戦いなど戦火とともにあり、満足に教育も受けられなかった上、大学を卒業しても就職先は見つからず、不満は高まる一方。イラクの豊富な石油資源の売却による国家収入が一部の支配層に詐取され、適正に分配されていない、という怒りもうっ積していた。
若者たちの攻撃の矛先のもう1つの標的はイランである。イランはシーア派の盟主として、米軍侵攻当時からイラクのシーア派にテコ入れし、昨年の秋には「イランが思うように動かせるアブドルマハディ首相を政権に就けることに成功」(ベイルート筋)、イランによるイラク支配が強まった。
米ニューヨーク・タイムズによると、イランが影響下に置いている官庁は内務省や労働省、通信省、社会問題省など5つに及ぶという。若者たちが、イランが支援するイラクの民兵組織や国会議員を裏で使い、イラクに汚職を振りまき、富を搾取しいていると非難しているのはそういう事情からだ。イラクにおける民衆の敵は、独立時の「反英」、米軍侵攻時の「反米」、そして現在は「反イラン」に変わった。