2024年11月5日(火)

中東を読み解く

2019年10月22日

 シリア北東部に駐留していた米部隊は10月21日、装甲車など車約100台に分乗してイラクへ撤退した。見捨てられた思いのクルド住民は“嘘つき米国人”などと叫んで車両に石やイモを投げつけて抗議した。エスパー国防長官は一部部隊がシリアの油田防衛のために残留する方針を明らかにしたが、全面撤退を表明したトランプ米大統領がまたも前言を翻した格好になった。

北部シリアから徹底する米軍車両( REUTERS/AFLO)

早晩、シリア撤退のツケ払うことに

 米ニューヨーク・タイムズなどによると、この日撤退した米部隊は約500人。クルド人の町カミシリでは、米国に裏切られたと怒る住民が車列を止めようとするなど撤退に抗議した。トランプ大統領の突然の決定からこれまでに、駐留部隊1000人のうちの約8割が撤退したもよう。

 しかし、エスパー国防長官によると、一部はイラク国境地域に残留する見通しで、その規模は約200人になると見られている。長官はその理由として、「復活したISからシリアの油田を守るため」と述べた。米専門家らはこれについて、ISだけではなく、アサド・シリア政権やロシア、イランが油田地帯を支配することを阻止するための措置、と指摘している。

 トランプ大統領も同日の撤退に先立って「われわれは石油を押さえた」とツイートし、油田地帯の権益の確保が残留部隊の任務であることを示唆している。しかし、大統領はトルコ軍のシリア侵攻を招いた一連の発言の中で、「全面撤退」を主張しており、仮に部隊が残留するとなれば、再び前言を翻すことになる。大統領は昨年12月にも唐突に「全面撤退」を発表したものの、結局は発言を撤回して1000人を引き続き駐留させていた。

 トランプ大統領の撤退決定には、内外から厳しい批判が噴出しているが、大統領周辺は小規模の部隊を残留させることで、ISの復活ににらみを利かせると同時に、紛争地から米兵を帰国させるという公約もほぼ守ったと主張できる、と判断しているようだ。

 しかし、わずか200人の部隊では、すでに復活しつつあるISの活動を阻止するのは事実上不可能に近い。かと言って、見捨てたクルド人に再びIS掃討の協力を求めるわけにもいかない。米国はイラクからその都度シリアに部隊を送って掃討作戦を続ける構えだが、こうした対応ではISの復活を抑えるのは難しく、早晩、シリア撤退のツケを払うことになるだろう。

油田をめぐる“利権争い”

 米国がその帰すうを懸念するシリアの油田は、ユーフラテス川沿いの東部デイルゾウル県に集中。内戦前は最大のオマル油田やタナク油田などから日量約40万バレルの生産があり、この石油と天然ガスの輸出で、シリアは国家収入の20%を稼いでいた。ISが隆盛を誇った2015年当時には、こうした油田からの石油密売で一日150万ドルもの利益を上げ、潤沢なテロ活動資金を維持していた。

 トランプ大統領は石油の利権については執拗なほど関心を寄せ、米軍のイラクの侵攻に言及する際にも、「米国はイラクの石油確保に失敗した」などと主張している。大統領は今回も「われわれは石油を押さえた」とツイートしているが、撤退にブレーキをかけたい軍指導部が部隊を残すため、油田確保の重要性を大統領に進言した可能性が強い。

 油田地帯はトルコが設置を計画している「安全地帯」の範囲からは外れているため、クルド人勢力が現在も支配しており、米国は油田の管理や警備は引き続きクルド人に委ねる考えだ。しかし、この油田がノドから手が出るほど欲しいのはアサド政権だ。アサド政権は長期化する内戦で経済が疲弊し、国家再建のためにも油田を早急に取り戻したいと考えており、同政権やロシア、イラン、クルド、そして米国による“利権争い”が激化するのは必至だ。


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