2024年11月22日(金)

中東を読み解く

2019年10月11日

 トルコ軍がシリア侵攻の「平和の春」作戦に踏み切り、徹底抗戦を叫ぶクルド人勢力との戦闘が激化、民間人の犠牲者も出始めた。侵攻はトランプ米大統領が“青信号”を与えたことが引き金だが、トルコのエルドアン大統領は先兵として配下のシリア反体制派アラブ人を動員、クルド人との民族対立を巧みに操る戦略を実行している。

トルコ軍の砲撃で上がった煙。シリア国境付近(AP/AFLO)

大国の身勝手

 トルコのエルドアン大統領とトランプ大統領が7日電話会談したのを受け、ホワイトハウスはトルコ軍のシリア侵攻が迫っているとして、国境付近に駐留する米部隊約50人を南方に撤収させたと発表、事実上侵攻を容認したことから、トルコ軍が9日の侵攻に踏み切った。敵であるクルド人の武装組織「人民防衛部隊」(YPG)の拠点に空爆と砲撃も加え、激戦を展開中だ。

 戦闘の中心はシリア北東部の国境の町テルアブヤドと約120キロ東方のラスアルアインで、トルコ軍はすでに周辺の11カ所の村落を制圧したという。クルド人中心の「シリア民主軍」(SⅮF)などによると、これまでYPGの戦闘員や民間人ら約30人が死亡した。エルドアン大統領は170人を超えるテロリストを殺害したとしている。

 トルコはこれまで16年と18年の2度、シリア北西部への侵攻作戦を行っているが、今回の作戦の狙いは何か。大きく言って2つある。1つは自国の安全保障上の脅威に直結するテロ集団と見なすクルド人勢力を東部国境地域から一掃し、シリア領内に安全保障を確保する「緩衝地帯」を設置することだ。トルコの当初の計画ではその規模は長さ120キロ、幅30キロに及んでいる。

 もう1つの狙いは、国内に抱えるシリア難民360万人の帰還場所としてこの「緩衝地帯」を活用するということだ。アナリストによると、トルコは国家財政を圧迫している難民問題を早急に解決したいと考えており、いったん「緩衝地帯」が確保された場合、難民を同地に強制送還する計画ではないかという。

 エルドアン大統領は侵攻に批判的な欧州に対し、「トルコに侵略というレッテルを張るなら、シリア難民360万人を送り込む」と逆に恫喝している。欧州連合(EU)とトルコは欧州を目指す難民をトルコが抑止、収容する代わりに補助金を支払うという協定を結んでいる。

 注目したいのはエルドアン大統領が侵攻作戦の先兵として、「シリア国民軍」などシリアの反体制派アラブ人民兵を使っている点だ。トルコ人の犠牲を最小限にとどめるため、代理人を活用するという典型的な大国の手口だ。クルド人が米国の支援を受けて過激派組織「イスラム国」(IS)を壊滅させ、シリア北東部の支配を固めたことで、同地域から追われたアラブ人が多く、クルド人に対する民族的な反感も強い。

 エルドアン大統領はそうしたアラブ人たちを支配下に収めて武器を与え、訓練し、民族感情の対立をうまく利用してクルド人との戦闘の先陣を切らせている。アラブ人1万4000人が侵攻作戦に参加しているもよう。米国が米国人の血を流さないよう、クルド人という代理人を使ってIS掃討作戦を実施したのと同じ構図だ。大国の身勝手さが透けて見える。


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