野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2019年12月5日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

 「幸福路」の途上にいるというのは、台湾自身も変わらない。

 本作のスタートであり、チーが生まれたのは、1975年の蒋介石総統の死去の年。当時の学校では、台湾の地方言語である台湾語は禁止され、世界最長の戒厳令が続いていた。1987年の戒厳令の解除、民主化運動。1999年の台湾大地震と初の政権交代。そして、2014年のひまわり運動に至ったところで映画は幕を引く。

 これらの40年におよぶ台湾の現代史が、すべてこの作品に、巧みに盛り込まれていることに驚かされる。いま、日本の高校から台湾には大勢の学生たちが修学旅行に出かけているが、学校側はまず学生たちにこの映画を見てもらうべきであろう。

 

『ALWAYS 三丁目の夕日』のようなノスタルジー

 台湾激動の40年をすべて物語の内部のうまく詰め込みながら、お堅い政治映画ではなく、むしろ『ALWAYS 三丁目の夕日』のようなノスタルジーが漂っている。そして、この映画は、何度みても飽きることがない。私は台湾で一度、機内で一度、そして、この映画の日本公開にあわせて試写会で一度。見るたびに異なるシーンに惹きつけられる。

 試写会で日本語字幕がついた本作を見たときに、一番グッと来たのは、主人公のチーが、祖母から「不一樣就是力量(違うことが力なのよ)」と言われるところである。

 

 チーが表の主役だとすれば、最も強いインパクトを与える裏の主役はこの祖母である。原住民のアミ族である祖母は、健康に悪いとされる嗜好品のビンロウを食べたり、飼っているニワトリを捌いたりして、チーに衝撃を与える。チーは同級生から祖母をバカにされ、祖母をいったんは軽蔑しかけるが、そんな孫に対し、祖母はそう語るのである。

 同質性の高い日本から台湾に行くと、その多様性には驚かされることが多い。本省人、外省人、客家人、16部族を数えるさまざまな原住民たちが暮らし、他人とは違うことが当たり前、いやむしろ、他人と違うことこそ生きていくうえでのパワーになる、という考え方がある。今後、外国人を多く受け入れることになる日本にもぜひ学んでほしいところだ。

 チーのように、激動の時代に生きることは、幸運ではあるが、幸福とは限らない。

 「私たちの世代は、私は13歳のときですが、戒厳令が解除された前と後で考え方が大きく違う社会になり、価値観もかなり混乱しています。チーのように、子供のころは、親孝行で勤勉な人間になるように教育で教え込まれました。でも13歳からは自由こそ大切だと教わるようになったのです。民主化運動の時代は、みんなが社会を正しい方向に変えられると信じていました。私も民主化運動に参加しましたが、いまの台湾を見ていると、いろいろな問題も多く、本当にこれでよかったのかと思うことも少なくありません」

 そう語るソン監督だが、時代に翻弄された人だけが持つ喪失感も創作力の源なのだろう。ソン監督は、処女作で世界を驚かせた。次の作品は実写映画になるという。ウェイ・ダーシェンの次の世代を担う新しい才能の出現に、期待を持たずにはいられない。

11月29日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次ロードショー

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