2024年7月16日(火)

Wedge REPORT

2019年12月27日

J目指した「身の丈」に合ったスタジアムがブレイクスルー

 新体制の下、JFL昇格を果たしたのは2年後の2017年。地域リーグの中では他クラブに比べて多くの観客動員数を誇っていたが、それでもチケットからの興行収入はゼロ。なぜなら地域リーグでは入場料を取っていない。しかもホームスタジアムがない状態だったので、それまでは隣の西条市や松山市、広島県などで試合を行っていた。JFL昇格は風向きを変える理由にはならなかった。

 そしてブレイクスルーとなったのがスタジアムの建設だった。「段階に応じて身の丈にあったものを整備していく」ことに矢野社長は意識していった。必要としていたのはJリーグ加盟に必要な、J3加入条件にかなう5000人収容の天然芝グラウンドとクラブハウスを併設したスタジアム。

 完成地となる場所の周辺地域は4年前から地域開発の一環としてイオンが建設され、今治市がテニスコートやサッカー場を整備しスポーツパークを構築していた。自然と人が集まり、周遊する環境がそこにはあった。FC今治はその奥にある山林を同市や市議会を説得して長期無償貸与する事が出来た。

 かかった建設費は約3億8000万円。起工式からおよそ1年2カ月、矢野社長就任から3年足らずでホームスタジアムを完成させた。 新しい地方創生の形となり得る、行政の協力から土地を借り、民間が産業界と共に切り開いていくという方法だった。

 「我が街にスタジアムを」と意気込む際には海外や国内の大きなスタジアムを参考にしがちだ。だがFC今治の「ありがとうサービス.夢スタジアム」は何を加えるのかではなく、何を削っていくのかを形にした。一見、屋根もなくバックスタンドもなく非常に簡易的なものかもしれない。だがJ3の舞台を目指す上ではこの「身の丈」に合ったものが絶妙な形で表現されている。 

 地域のスポンサー企業である「ありがとうサービス」がスタジアムの上物を建設し、所有する。FC今治が毎年一定の賃借料を払う形にすることで、クラブにとっては初期費用を抑えられた。ありがとうサービスにとってはスタジアム命名権を取得するとともに、毎年確実な賃料収入を確保できるようにもした。

 「サッカーの根付いていなかった今治にプロスポーツチームが出来て、社会を変えていきたいと願う人達が集まって、日本のサッカー界の型を作りながらJ1へ駆け上がっていこう。その夢の場所をこの金額で最初から3年間で実現出来たのは凄く大きな意味を持っていると思います」。スタジアム建設に奮闘してきた1人である経営企画室兼ヒューマンデベロップメントグループ長を務める中島啓太氏は当時について語る。この中島氏もこのFC今治のクラブ運営に魅了されて加わった一人だ。デロイトトーマツコンサルティングからの出向を経て〝完全移籍〟しており、今治にまた新たなマインドをもたらしている人材だ。2025年までJ1優勝を描くクラブにとって、昇格していくために規定に合ったスタジアムを作ることはマストだ。これを短い年月で実現出来て、他クラブの参考事例になったことは今後の歩みにとっては大きく意味がある。

 FC今治のスタジアム建設は、地域クラブがJリーグを目指すことが出来る新たなモデルとして各地から視察者が絶えない。岡田氏を筆頭に様々な人材が集まることで今や先行事例を作る存在となっている。

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◆Wedge2020年1月号より


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