中東全域で直接衝突も
ソレイマニ将軍の死はイランにとって大打撃に間違いない。米国にとっては、米軍のイラク侵攻の際、米兵数百人を殺害した憎むべき相手に他ならない。米財務省は2011年、将軍をテロリストに指定し、制裁対象のブラックリストに載せるなどその動向を注視していた。
しかし、過激派組織「イスラム国」(IS)との戦いでは、米国は将軍のイラク、シリアでの軍事的、政治的な影響力を認め、短い間だったが、結果的に両者が“共闘”する格好になった。将軍がイラクやシリアの前線で指揮をし、ISの隠れ家や拠点を米側に裏チャンネルで通報、米軍機がそれに基づいて空爆するということが日常的に行われていた。
米国はその意味では、将軍の存在を黙認してきたと言えるだろう。実際、ブッシュ、オバマの過去2代政権は将軍が対米戦略の“黒幕”であることを認識しながら、将軍を攻撃することを避けてきた。将軍を攻撃することはイランへの宣戦布告に等しく、イランとの戦争の引き金を引いてしまうことを恐れたためだ。
しかし、トランプ大統領は「こうした不文律をあっさり無視し、ルビコン川を渡ってしまった」(専門家)。大統領にとってイランは米国に抵抗する“ならず者国家”だ。特に直近では、米軍が駐屯するイラク軍基地がロケット弾で攻撃され、軍属の米国人が死亡した上、バグダッドの大使館が「カタエブ・ヒズボラ」の襲撃を受けるなど、トランプ政権内で対イラン強硬論が高まっていた。
トランプ政権はこうした反米の動きの背後に、ソレイマニ将軍が介在しているとの確信を強め、事態がこれ以上悪化する前に将軍を抹殺すべきだと判断、シリアからバグダッド入りした直後を狙ったものと見られている。だが、この判断は米国にとっては「両刃の剣」でもある。
対米攻撃の戦略家がいなくなったことはプラスだったかもしれないが、ハメネイ声明で明らかなように、報復の連鎖を生みかねない。「将軍に忠誠を誓うカタエブ・ヒズボラなどイラクの民兵組織がすぐにも報復に出るのは間違いない。」(専門家)。しかし、むしろ懸念されるのは、革命防衛隊などイラン内部の強硬派が直接、対米攻撃に踏み切ることだろう。
アナリストらは、イラクの米軍基地やペルシャ湾の米艦船に対する自爆攻撃などの危険性を指摘している。イラクには現在、約5200人の米軍部隊が駐留しているが、事態の急変を受けクウエートなどからイラクへ増派が行われる見通し。トランプ政権は将軍の殺害と引き換えに、中東で自ら紛争の当事者になるというリスクを背負ったかもしれない。中東全域の米軍やイランの宿敵イスラエル、サウジアラビアは厳戒態勢を敷いている。