足立倫行のプレミアムエッセイ

2020年2月1日

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オーストラリアの河童

 一方、意外に大きなハリモグラに比べ、予想外に小さかったのがカモノハシである。

 ハリモグラは全土に生息するが、本土東部とタスマニア島に生息するカモノハシは本来カンガルー島にはいなかった。1928年から46年にかけて島内に移植され、よほど環境がよかったのか約150頭まで増えたのだ。

 ただし、夜行性で河川を生活の場とするため姿を見るのは容易ではない。

 フリンダーズ・チェイス国立公園の係官が捕獲調査をしているが、私も島を出る日の前日、たまたま幸運にも遭遇できた。

 「捕獲個体を計測終了後に放流する」と連絡を受け、急遽公園事務所に駆けつけたのだ。

 夜中に網で捕獲し、識別用マイクロチップを体内に入れてから放流するのだが、計測中はストレス防止のため写真撮影禁止である。

 雄。隊長25センチ、尾も含めた全長が46・5センチ、クチバシの幅4・8センチ……。

 カモに似た幅広のクチバシ。歯のない口。茶褐色のずんぐりした身体。白っぽい腹部。前後の脚に水掻き。小さな黒い目。見れば見るほど珍妙だ。初期の頃の欧州人が「人工の捏造動物」と思い込んだのも無理はない。

 しかし、後脚の蹴爪にはイヌを殺すほどの毒があり、移動させる時は必ずビーバー状の長い尾を掴まねばならない。

 計測後、私は係官に頼んで、ほんのちょっとクチバシに触らせてもらった。

 弾力があった。温かだった。鳥のクチバシとは違う哺乳類の身体の感触!

 「目は使わず、このクチバシで獲物の生体電流を感知して食べるんだ。エビ、昆虫、ミミズ、毎日自分の体重ほどもね」

 係官は近くの川までカモノハシを運んだ。

 藪に囲まれた水辺で、尻尾を掴んでいた手を離すと、「生きた化石」は勢いよく体をくねらせ、アッという間に水中に消えた。

 オーストラリアの河童だ、と思った。

 今回の森林火災で、カモノハシの生活環境を支えていた、あの水辺の灌木や、ハリモグラが出入りしていたあのユーカリ林は、どうなってしまっただろうか?

 気候変動による動植物の受難について思いを巡らす時、つくづく感じるのは、我々人間の「先見の明」の無さである。

 目先のことだけ良ければ、とずっとやってきた。地球上の他のすべての生物は、そんな人間活動のしわ寄せを受け続けてきた。

 いや、一部はすでに反抗を開始したかも知れない。

 現在の新型コロナウイルスは、中国・武漢で野生動物の食材を売っている生鮮市場から発生した。最新の報道によると、ウイルスはコウモリから食材のヘビに転移し、そこから人間に感染したのでは、と推測されている。

 17年前のSARSはコウモリとハクビシンだった。地球上の生物による本格的な逆襲は、これからなのか?

  
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