年間来訪者3500人 「べてるの家」って一体何?
こんなふうに、精神疾患を抱えていることを前向きにとらえて堂々と語る当事者研究は、北海道浦河町にある、社会福祉法人浦河べてるの家で始まった。
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べてるの家とは、精神疾患を抱える人たちの地域活動の拠点であり、働く場でもある。30年以上前に、この地域で暮らす精神疾患を経験した若者たちの交流活動がその活動のはじまりである。2002年には社会福祉法人となり、日本で初めて、当事者が理事長、施設長となり、就労支援や住居支援に取り組んでいる。
名産の日高昆布の袋詰め作業にとどまらず、地域に働く場を創るなどして広がり続け、現在では100名以上の利用者がおり、それぞれが共同住居やアパートなど、地域で生活をしている。当事者自らが会社を設立したり起業したりするなど、ものすごいパワーだ。年間見学者・研修者は延べ3500人以上と半端ではない。過疎の町だった浦河町へ、べてるつながりの移住者も多い。
“自己病名”をつける当事者研究
べてるの家の当事者研究の流れは、次のとおりである。まず、“自己病名”をつける。これは、その名のとおり、自分で自分に病名をつけたもの。十把一絡げに「統合失調症」や「うつ病」というのではなく、「自分の」大切な苦労として捉え直すという意味がある。
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この日はほかに、「人生の方向音痴症候群感情時差ぼけタイプ」、「教育ママ乗っ取られ暴走型いきづまり爆発タイプ」といったユニークな“自己病名”を持つ人たちが登場した。ほかには「統合失調症全力疾走型あわてるタイプ」という人もいる。
次に、日常生活で困っていること、関心があることを題材に選ぶ。つまりテーマの抽出である。そして、研究する場をつくる。いわゆる精神科治療の領域では、幻聴や困りごとに関して当事者に語らせると、かえって症状を悪化させると捉えられがちだが、べてるの家の当時者研究では、あえて語る場をつくる。
それには、仲間がいることが条件だ。そして、一緒にその困っていることがおきてくるパターンや仕組みを考え、実験してみる。さらに、その困りごとから自分をどうやって助ければいいのか、仲間とアイデア出し合いながら方法を考え、必要であれば練習してみる。
自分の感情や症状と、うまく付き合う
こうしていくうちに、いままでは医師や専門家に「なんとかしてほしい」と丸投げしていた自分の病気の苦労を、自分自身の手に取り戻し、苦労とともに生きることを覚え、自分の感情や症状とうまく付き合っていけるようになっていく。
病院のPSW(精神保健福祉士)でありながら、精神病院を退院した人たちと共同生活を送り、彼らとともに、べてるの家をつくり、浦河町で当時者研究をはじめとする様々な試みを続けてきた向谷地生良氏(現在は北海道医療大学教授)は、こう語る。
「狭い意味の『治す』ということよりもある種の自己コントロール感が増してくるとか、上手に生きられるようになるということでしょうか」