日本再生の国際交渉術

2012年5月24日

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渡邊頼純 (わたなべ・よりずみ)

関西国際大学国際コミュニケーション学部長・教授

1953年生まれ。上智大学大学院国際関係論専攻で修士号取得、博士課程後期を単位取得満期退学。専門は国際政治経済論、GATT・WTO法、欧州統合論。GATT事務局経済問題担当官、外務省経済局参事官などを経て2019年4月より現職。慶應義塾大学名誉教授。2015年4月より三菱ふそうトラック・バス株式会社監査役。

 後者については、生産ネットワークは3カ国に広く深く展開しているが、大量生産が可能になって産業が成熟化すればするほど競争が激しくなり、お互いにライバルとして競争し合う局面が強調されるようになってきた。そのような分野は繊維や履物などの「労働集約的な産業」から半導体や自動車部品など徐々に「技術集約的な産業」に広がりつつある。やがては自動車分野において、高級車や環境対策車で一定の「棲み分け」を行いながらも、市場はより競争的になっていくものと思われる。このように日中韓は生産ネットワークの発達が「事実上の統合」(de-facto integration)を推進しても、政府間協定としてのFTAを伴った「法律上の統合」(de-jure integration)はなかなか困難な関係にあると言えるのである。

日本のTPP交渉参加にむけた協議開始が契機に

 さて、そのような困難な状況がなぜ今年になって急展開したのか。FTAのいわば「先駆け」として今回の首脳会議で署名された「日中韓投資協定」について、もともと中国はそれほど乗り気ではなかった。中国のある関係者は「投資協定などなくても中国には投資はどんどん来ている」と筆者に豪語したことがある。その3カ国間の投資協定が合意・署名され、日本が2006年に提案し、中国があまり積極的ではなかった「ASEANプラス6」の構想にも中国が理解を示し始めたのは、他でもない2011年11月の野田総理による「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)」への交渉参加に向けた協議開始の表明以来である。

 中国は自由化度の高いTPPは「ハードルが高い」と認識している。(前回の拙稿を参照されたい。)しかし、TPPが完成した時に自分が入っていないとアメリカ市場で自国産品が差別され、不利になることも分かっている。TPPが原則的にはAPEC(アジア太平洋経済協力会議)のメンバーに開かれていることから、中国もTPP参加を真剣に議論している。

 しかし、アメリカや豪州が入っているTPPは、中国にとってできれば避けたいFTAである。それに比べれば、ASEANプラス3のFTAであれば、中国が先導し、中国が市場を提供する「大中華FTA」を構築することが出来る。中国にとってベスト・シナリオは「ASEANプラス3」が成功し、TPPが失敗することである。そのためにはASEANプラス3に日本を引きこむことが必須条件となる。日中韓FTAや投資協定が急に加速したのもこの日本を「大中華FTA」に引き込む狙いが背景にあると考えるべきだろう。

中韓FTAを優先させたい韓国

 韓国はどうか? 韓国にとってTPPはいつかは参加する広域FTAという認識だろう。既にアメリカとFTAを締結している韓国にとってTPPは喫緊の問題ではない。韓国としては往復で900億ドル超の韓日貿易の中で360億ドル近くの貿易赤字を計上している日本とのFTAはたいへん困難な国内政治マタ―である。できればこれは避けたいし、現時点では日本以外の主要貿易相手国の中で唯一FTAを締結していない中国とのFTAの方が優先度は圧倒的に高いのである。

 中国主導の「東アジア」に日本を引きこみたい中国、その中国市場で日本よりも早く先陣を切ってプレセンスを確保したい韓国、この両者の思惑が一致したところに今回の日中韓FTAの「年内交渉開始」という着地点があったと見るべきであろう。

→次ページ 日本はTPPを優先せよ

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