電気料金上昇の懸念
石炭価格は、原油価格に連動して動くことが多いが、石油に対して価格競争力を常に維持している。原油価格下落が長引くと、石炭供給業者の間では赤字での出荷競争が行われることもあるほどだ。今年5月の輸入価格をみると、4月に米国市場で原油価格がマイナスになる異常な状態を反映し、原油の輸入価格が大きく下落している。5月の輸入価格を基に発電用の燃料コストを試算した結果が(表)だ。2015年との比較で原油価格が大きく下落した環境下でも、まだ、石炭を利用するほうが燃料が安い。
中長期的には、石炭火力が減少することで電気料金は上昇する。2030年の石炭火力による発電量目標26%を維持するとすれば、石炭火力の発電量のうち6、7%を他の電源で代替することになる。これから原子力の再稼働が進み、再エネ導入も増えることから供給量の面で不安はないだろうが、価格競争力のある石炭が減少する影響は大きい。
製造業の支払う電気料金は、東日本大震災後平均すると約4割上昇した。図-5が製造業の支払う電気料金と人件費の関係を示している。調査対象の製造業では2015年、震災前との比較で電気料金が1兆2000億円上昇している。一方、人件費の総額は約28兆円だ。電気料金の上昇額は人件費の4%に相当している。大きな影響だ。
その後、産業用電気料金は燃料費の下落により多少下がったが、2018年度でみても依然として震災前よりは約3割高い。2012年度に導入された再生可能エネルギーの固定価格買取制度の負担金も電気料金上昇に寄与している。2020年度の負担金は1kW時当たり2.98円、家庭用電気料金の1割以上、産業用電気料金の約6分の1はこの負担額だ。製造業の出荷額に対する電気料金は図-6の通りだ。業種によっては電気料金は大きな影響を与える。
電気料金の影響があるのは、むろん製造業だけではない。全国チェーンの百貨店の今年2月決算をみると、光熱費107億円に対し人件費698億円が計上されている。光熱費の全てが電気料金ではないだろうが、電気料金の上昇は人件費の大きな圧迫要因になる。コロナ禍により多くの企業が苦しむ状況にある中で、競争力のある石炭を削減し、その一部を再エネで補うと電気料金上昇を招くことになる。
中期的な目標とは言え、今の経済情勢で実行することが可能な政策なのだろうか。いま目の前で必要な第一の目標は、給与を増やす方策を考えることではないだろうか。ドイツ政府は、コロナ禍での電気料金上昇を避けるため固定価格買取制度の消費者負担額に上限を設け、超えた場合の政府負担を決めた。日本は今どんな政策を実行すべきなのだろうか。
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