Washington Files

2020年7月13日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

11月米大統領選が近づくにつれて、アメリカでは、コロナ禍で大打撃を受けた経済がいいかに早く立ち直れるかが目下の最大関心事となってきた。劣勢のトランプ陣営にとっては、景気の「V字回復」が最後の頼み綱となりつつある。果たして―。

9日、NYマンハッタンにあるデパート・メーシーズでの買い物帰りの女性(REUTERS/AFLO)

 「V字?」、「W字?」それとも「U字?」、はたまた「チェックマーク?」―ウォール街の専門家のみならず、ワシントン政界、マスコミ界をも含め今、米国経済回復シナリオをめぐる論議がヒートアップしている。その態様次第で、トランプ大統領が再選を果たせるかどうかが決まるというわけだ。

 トランプ政権が最も期待する景気回復シナリオは、いうまでもなく「V字」だ。

 大統領最側近のラリー・クドロー経済担当補佐官は、コロナウイルスの経済的打撃は伝えられるほど深刻ではないとして、終始一貫して、「今年後半のV字回復が可能」と楽観的見通しを語ってきた。

 財界でも、大手投資金融会社モルガン・スタンレーのチーフエコノミスト、チェタン・アヤ氏は去る6月14日、クライアント向けメモの中で、「直近の経済成長データと政治行動に反映された上昇傾向は驚きの対象であり、景気後退がV字型になるとのわれわれの確信を高めるものだ」として、今年第3四半期には景気が好転するとの見方を示した。

 もし、クドロー氏やモルガン・スタンレーの予測が正しければ、10月初めに発表される7~9月の3カ月間の政府経済指標で「V字」回復が確認されるはずであり、その場合、11月3日投票日までのまる1カ月、トランプ陣営は大々的に有権者に向けて「経済の奇跡的カムバック」をアピール、劣勢挽回の有力なテコとなるはずだった。

 ところが、6月後半に入り、どうやらその雲行きもあやしくなってきた。最大のネックは、いったん終息へと向かいかけたかに見えたコロナウイルス感染拡大だ。その状況は二つの面において、コロナ感染が始まった今年前半時とは明らかに異なる。

 第一は、6月前半までは、目立った感染者や重症者も報告されず、市民生活や経済活動が普段通りだった南部諸州で急速に感染が拡大し始めたことだ。しかも、トランプ氏再選にとって絶対落とせないテキサス、フロリダ、ジョージア、ノースカロライナ4州での拡大が特に目立っている。

 たとえば、大票田州のテキサスでは、7月1日からの1週間だけで感染者が5万件を突破、1日当たりの感染者も1万人、うち入院患者9000人以上の日も続くほどの深刻な事態となっている。このため、6月以前まではコロナ禍を軽視し、連邦政府の非常事態宣言も無視してきたガボット州知事も態度を豹変させ、最近になって州民に対し、マスク着用の義務付けのほか、バー、レストランなどの一時閉鎖を命令した。さらに、州公衆衛生局長は事態を重く見て、全州民を対象に「自宅退避」が必要になると警告している。

 フロリダ州でも、去る7月4日、1日当たり感染者が最多となる1万1400人を記録、感染始まって以来の州全体の感染者総数は20万人を突破したほか、死者も3900人に達した。これまでの入院患者総数は1万7000人となっている。このため、マイアミなど主要都市を含むいくつかの郡では、バー、レストランその他商業施設の一時閉鎖命令または要請措置が取られ始めている。同州ジャクソンビルでは8月後半、トランプ氏が正式に共和党大統領候補に指名される同党全国大会が大々的に挙行される予定になっているが、果たしてこのような状況下で、マスコミ関係者も含め数万人が一同に会する大会が安全に開けるかどうか、不安視する声も出始めている。

 第二に、今年3月当時に欧州経由で感染が始まったニューヨーク、ニュージャージー、マサチューセッツなど大都市を抱える東部諸州では、最近になって新たな感染者数こそ下降線をたどり始めたものの、油断を許さない状況が続いており、このため、「第二波」到来を警戒し、本格的経済活動再開にはいまだ至っていないことが挙げられる。

 ニュージャージー州では、フィル・マーフィー州知事が8日、感染者が最近再び上昇傾向にあるとして、全州民を対象に外出時のマスク着用を義務付ける行政命令を発令した。

 ニューヨーク州では、経済活動はある程度再開されつつあるものの、マンハッタンの銀行、企業などでは出勤者数の縮小と自宅でのテレワークを両立させた“ハイブリッド”勤務が定着しつつある。ニューヨーク市立小中学校でも、児童の登校日を週2~3日程度に限定した体制が敷かれ始めた。

 マサチューセッツ州では1日、州内での感染拡大防止のため、東部諸州以外からの一般市民、旅行客の移入禁止措置をとった。大規模な学生数を抱えるハーバード大学では、今秋、授業は再開するものの、通学は認めず、オンライン授業とすることを決めた。

 一方、西海岸のカリフォルニア州では、感染者数、入院患者数、死者のいずれの面で事態はむしろ以前にも増して悪化しつつある。

 ロサンゼルス・タイムズ紙集計によると、去る8日、1日だけの感染者8600人(これまでの累計30万人)、死者149人(同6845人)が新たに報告されており、記録更新傾向が主要都市周辺でめだっているといわれ、このため、州全体ではなく、郡単位で市民に対しマスク着用の義務付け、自宅退避勧告などの措置を復活させる動きが出始めている。

 これら最新のコロナ関連数字、拡大傾向が重大視されるのは、言うまでもなく、アメリカ全体の今後の景気回復シナリオに直接大きな影響を及ぼすからに他ならない。

 この点、前掲の、クドロー経済担当大統領補佐官、モルガン・スタンレー社の「V字」回復シナリオはいずれも、コロナ禍の早期沈静化、収束を前提としたものだった。そして、今夏以降、一般消費も上向きに転じ、需要拡大に合わせて企業の生産、投資活動も急速に回復するとの予想だった。

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