Washington Files

2020年6月29日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

 トランプ・ホワイトハウスは去る5日、ドイツ駐留米軍3万4500人のうち約9500人削減方針を突然公表した。ところが、ドイツ政府側には事前に何の連絡もなく、米国内でもおひざ元の国防総省さえ蚊帳の外だった。果たして、何があったのか―。

(AP/AFLO)

 ロイター通信が8日、事情に精通した米政府関係者5人の話として伝えたところによると、駐独米軍削減の大統領決定は、奇妙にも、おひざ元のペンタゴン側に正式に伝えられず、国務省当局者たちも「意表を突かれた」と驚きの反応を見せたという。

 筆者はかつて、カーター、レーガン、クリントン政権当時のワシントン特派員時代、主としてペンタゴンを連日のように取材してきたが、在外米軍配備・削減などの問題については、ほとんど例外なく国防長官と統合参謀本部議長が事前に記者説明を行ってきた。国防総省責任者がかやの外に置かれたままでの海外駐在兵力の変更は、まさに前代未聞の珍事だ。

 そこで、今回の異例ともいうべき政策決定の一部始終を改めておさらいしてみることにする。

 発端は、去る5日、米欧各国政府当局者を一同に驚かせたウォール・ストリート紙電子版による同日付けの特報記事だった。

 同紙はこの中で、「当局者(複数)の話」として、①トランプ大統領がペンタゴンに対し、ドイツ常駐米軍3万4500人について9500人を削減するよう指示した②今後も増派を認めず2万5000人規模に凍結する③削減兵力のうち1000人超をポーランド国境警備に振り向ける④大統領指示内容はロバート・オブライエン大統領補佐官(国家安全保障担当)署名の「メモランダム」に盛り込まれた―などと報じた。

 ところがその後、「大統領指示」は肝心のエスパー国防長官どころか、外交を取り仕切るポンペオ国務長官そして米軍受入れ国のドイツ政府に対しても何ら伝えられていないことが明らかになった。

 そしてようやく20日になって、大統領がオクラホマ州タルサの屋内会場で行った「再選決起政治集会」の中で、ドイツの防衛分担が不十分であることを理由として、駐独米軍削減方針を正式に明らかにした。

 そもそもこれまでの取材経験からしても、アメリカにとって欧州同盟関係の中核をなすドイツとの関係に冷水を浴びせる駐独米軍大幅削減といった大方針について、就任まもない軽量級のオブライエン補佐官が単独で策定することなど、ほとんど考えられないことだ。

 かりに同補佐官が大統領指示で「メモランダム」作成を指示されたとしても、問題の重大性にかんがみ、事前に最低でも国防、国務両長官、さらには軍事予算権を握る上下両院軍事委員長と相談するのが通例だ。これではどうみても、ドタバタで繰り出された“策謀”と疑われかねない。

 そこで、気になるのが、いかにも拙速に作成された「メモランダム」の真意はどこにあったのか、という点だ。

 ウォールストリート・ジャーナル紙はこの点について、当局者が「トランプ政権はかねてから、ドイツの不十分な防衛予算支出に加え、ロシア産出天然ガス用パイプライン建設計画について事前相談を受けなかったことを不憫に思ってきた」と語ったことを挙げている。その一方で、ドイツは在欧米軍訓練基地としての重要拠点であり、在独米軍削減が同盟関係弱体化につながるとする見方が政権内に根強く存在してきた点にも言及していた。

 それだけに、この時点で突然、大幅な削減方針が打ち出されたことに多くの専門家も疑念を隠さない。

 しかし、この謎を解くヒントがいくつかある。

 ひとつは、G7サミット延期とのタイミングだ。当初、今月下旬、首都ワシントンで開催予定だったサミットについて、メルケル独首相は5月30日、スポークスマンによる声明を通じ「コロナ感染拡大への懸念からワシントンでのサミット参加にコミットできない」と述べ、7カ国首脳が一同に顔を合わせる会合に否定的な考えを表明した。同首相は去る3月、トランプ氏が提唱していたビデオによる会議には参加の意向だった。

 一方のトランプ氏はその後、主催国大統領としての内外向け政治的PR効果を狙い、先月中旬には「ビデオ会議ではなく7カ国首脳が集まる大規模な会合を主としてホワイトハウス、その一部を近郊のキャンプ・デービッドで開催したい」との考えを明らかにしていた。

 大統領はそれ以前にも、自らが保有するフロリダ州内ゴルフ・リゾートでの開催を希望したことがあったが、「公私混同」を与野党議員たちから批判され、撤回した経緯がある。

 コロナ感染のリスクを冒してまでも「対面方式」にこだわるトランプ構想については、ジョンソン英首相のほか、安倍首相も参加の意向を示していた。

 ところが、5月28日、カナダのトルドー首相が「参加は約束できない」と語ったのに続き、欧州最大国であるメルケル独首相が30日同様の立場を明らかにしたことで、7カ国首脳が勢揃いする豪華イベント開催は絶望的となった。

 その結果、トランプ氏は翌31日、「G7サミット、9月に延期」発表を余儀なくされた。メルケル首相の「6月サミット拒否」の決断が、とどめを刺したことは明白だ。「駐独米軍大幅削減」のメモランダム作成は、そのわずか4日後だった。

 大物ベテラン・コラムニストとして知られるジョージ・ウイル氏は早速、10日付ワシントン・ポスト紙に「トランプの癇癪外交 Trump’s foreign policy of petulance」と題するコラムを寄稿、この中で、「削減の具体的決定は通常の国家安全保障会議(NSC)審議プロセスを経たものではなかった」との当局者の話を引用した上で「この決定はおそらく、トランプ氏が今月末にワシントン開催を望んでいたG7サミットへの参加をメルケル首相に拒否された直後、衝動的に発表されたものと思われる」と指摘した。

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