中東を読み解く

2020年8月5日

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焦土と化した爆発現場(AP/AFLO)

 レバノンの首都ベイルートの港湾地域で4日夕、大規模な爆発が2回発生、100人以上が死亡し、約4000人が負傷した。衝撃は280キロ離れた地中海のキプロス島にも伝わった。貯蔵されていた硝酸アンモニウムが事故で爆発したとの見方が有力だが、イスラエルの破壊工作説も。デフォルト(債務不履行)と反政府デモの混乱が拡大する同国の“絶望”に追い打ちがかかった。

ゴーンの逃亡先の住居も被害

 それにしても凄まじい爆発だった。地元のメディアなどによると、爆発は数秒内に2度にわたって起こり、2回目の爆発の方がはるかに大きかった。倉庫に6年前から貯蔵されていた2750トンもの化学物質「硝酸アンモニウム」が火災によって引火したのが直接の原因らしい。

 現場はキリスト教徒の居住地区である東ベイルートの繁華街に近く、住宅や商店、レストランやナイトクラブなどの多くが被害を被った。2キロほどの所には日本大使館やレバノン首相府もある。ブラジル紙によると、昨年末に日本から逃亡した日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告の住居も約5キロのアシュラフィーエにあり、キャロル夫人が「住宅が壊れた」と語ったという。

 小国レバノンは中東の“柔らかい脇腹”と呼ばれ、多数の宗派が入り乱れて存在するモザイク国家だ。フランスの旧植民地として、自由な空気があふれていたこともあり、中東のスイスとも呼ばれた。特にベイルートはナイトクラブやカジノが栄え、夜の歓楽街を求めて、ペルシャ湾岸の金持ちが数多く訪れた。

 しかし、中央政府が脆弱なこともあり、75年から90年までキリスト、イスラエム教徒の間で内戦が続いた。この間、シリアやイスラエルが軍事的に介入し、イランやサウジアラビアなども水面下で影響力を行使し続けた。ギャングまがいの多くの武装組織が乱立し、ベイルートでは連日のように爆弾事件が発生、外国人を誘拐する人質事件も頻発した。

 82年、同国に侵攻したイスラエル軍がパレスチナゲリラを追い出した後、一時的に米英仏の平和維持軍が駐留し、治安維持に当たった。だが、その平和はつかの間だった。83年4月に西ベイルートのイスラム教徒地区にあった米大使館が爆破され、60人以上が死亡した。

 10月には米海兵隊司令部と仏駐留軍本部にテロ組織「イスラム聖戦」の爆弾車が突っ込み、米海兵隊員241人と仏軍兵士70数人が犠牲になった。当時、筆者は通信社の記者としてベイルートに常駐し、オフィスは地中海の近くにあった。この2つの爆弾事件の際には現場で飛散した遺体の傍らで取材した。今回の爆発をこれらの爆弾事件に重ね合わせる市民も多かっただろう。

汚職、経済悪化、コロナの3重苦

 市民の困窮が深まったのは昨年の10月ごろからだ。景気の低迷にあえぐ政府が増税する動きを見せたことから、若者を中心に反政府デモが始まった。若者らは同国の“風土病”とも言える政治家の汚職を糾弾し、失業率の悪化などに抗議の叫びを上げた。デモは全土に拡大し、当時のハリリ首相は同月末、退陣に追い込まれた。だが、輸入品不足が顕在化し、インフレは高まった。

 政治の汚職は構造的なものだ。各宗派がそれぞれ利権を握り、公共事業などを私物化、税金や国際援助を搾取してきた。政府や行政も上から下まで“バクシーシ”(賄賂)がなければほとんど何も動かないのが実情。ディアブ新政権が誕生した後も、経済の低迷に歯止めがかからず、ドル不足からドル預金の銀行引き出しは200ドルまでと制限され、市民の不安が募った。

 3月にはデフォルトに陥り、1ドル1500レバノン・ポンドだった交換比率は8割も下落した。自殺者が増え、殺人が倍増するなど治安が悪化した。そうした中、新型コロナウイルスの感染が広まり、市民生活はさらに悪化した。電気が1日4時間程度しか届けられない現実が窮状を浮き彫りにしている。

 政府は国際通貨基金(IMF)に対し100億ドルの借り入れを申し込んだが、約束していた政治・経済改革に失敗、援助を受けることができないままだ。レバノン経済は輸入に依存し、一部の農産物以外、輸出できるモノが少ない。このため、中央銀行は高い金利を設定し、海外にいる富裕なレバノン人や投資家からドルを集めてきた。だが、国家が破綻すれば、預けていたドルは戻らない。こうした事態を恐れた投資家がドルを引き揚げたことから、経済危機が一気に深刻化していった。

 世界銀行はレバノンの貧困層が50%にまで増加すると警告、人権団体はこのまま政府が適切な施策を打ち出さないと、数百万人が餓死する恐れがあると警鐘を鳴らしている。

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