日本はどう過去を受け止めるべきか
こうしたことが「歴史論争」になった際に、日本はたぶん「それは過去のことである」として、この問題に深入りすることはしないだろう。ようやく中国の現実を認識するようになった欧州連合(EU)の主要国も、特にイギリスやフランスなどは過去において過酷な植民地政策をとってきただけに、基本的には日本と同じような立場をとるだろう。ただし中国がアメリカのこのような過去を持ち出してくれば、日本でもEU諸国でも、そうした事実を詳しくは知らなかった国民は、「どっちもどっち」だとして、ある程度中国側への非難は薄まるようになるかもしれない。
その点で11月の米大統領選が重要になってくる。先ほど対中政策でそれほど大きな違いはないだろうと書いた。だがこの選挙で自国第一主義を掲げるトランプ氏が勝てば、それはかつてのアメリカの過去の悪行を想起させる形になってくる。一方トランプ氏を強く否定するバイデン氏が勝てば「過去は過去」として、中国側はアメリカに対して歴史カードを切る効果はあまり期待できなくなるだろう。国際世論も中国に対して警戒的になる。
中国は何をやってくるか見当がつかないトランプ氏でなく、オーソドックスなアプローチを取るだろうとして、バイデン氏の当選を望んでいると言われている。しかしながら、アメリカに対して歴史論争でアメリカの非難を無力化しようとするならば、トランプ氏が当選したほうが、中国は事を有利に運ぶことができる。
このような米中対立の中で、世界の国々は日本の行動を最も注目しているはずである。現在、アメリカと中国という世界の2つの大国と、どのような距離感をもって関係を構築していくかは、世界の国々にとって最も大きな関心事である。その中で日本は、経済に加えて、アメリカとは政治的・外交的に、中国とは地理的・歴史的にともに関係が深く、両国の対立の中でどのようなポジションを取るか、最も難しい立場にある。大局観をもちつつ、ケースバイケースでいかに巧みに日本の国益を守っていくか――。その成果をみた時、日本は世界からの尊敬を集めることができるだろう。
そしてその際に重要なのは、メディアの役割である。日本において、新聞メディアは時として冷徹な事実よりも、自らの主義・主張で報道を展開する傾向があり、テレビメディアは大衆への過度な迎合がある。ネットメディアは一時的な感情に大きく振れやすい。また日本は海外メディアの無責任な論調に過敏である。
しかし日本が今後とるべき外交は、メディアが陥りがちな一面的なものではなく、より複雑で多面的・重層的な戦略から形成されるべきものである。一時的かつ感情的な世論に押されるのではなく、国益を第一にした戦略がじっくり語られるような成熟したメディア環境があればこそ、指導者の責任ある行動も生まれてこよう。それこそが日本にとって最も重要なことである。
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