Washington Files

2020年10月9日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

7日、ビデオメッセージを公開したトランプ大統領(The White House/REUTERS/AFLO)

 コロナ感染による入院以来、トランプ大統領の尋常ならざる言動が目立っている。精神分析医ら専門家の間で、これまでに投与された副作用の強い未承認抗体医薬の影響を指摘する声も挙がっている。米議会では「大統領執務能力の適否」を判断する特別委員会設置の動きまで出てきた。

 トランプ氏の「精神状態mental state」については、2017年大統領就任当時から不安視する見方があった。その後、常軌を逸するツイッター発信や言動が繰り返されるにつれて、精神科医、心理学者、ホワイトハウス側近たちの間でも真剣な議論の対象となっていた(本欄2019年10月21日付「米国で広がる『大統領の精神状態』論議とその波紋」参照)

 ホワイトハウスで最側近の首席補佐官として仕えたジョン・ケリー退役海兵隊大将は、大統領のことを「錯乱状態unhinged」「常軌逸脱off the rails」と評したほか、ロッド・ローゼンシュタイン前司法次官も辞任前、「精神不安定mental instability」を含む「職務遂行不能状態」を理由とする大統領罷免を規定した憲法修正第25条の適用について、各閣僚との協議の可能性に言及したことなども大きな話題となったこともある。

 しかし、今回、コロナウイルス感染が確認され、治療入院の深刻な事態となってからの大統領の発言や行動はそれを上回るほど世間を驚かせ、米マスコミ報道でも「気違いじみている」「言語同断」「非常識」といった専門家のコメントがあいついだ。去る5日、退院しホワイトハウスに戻ってからも、大統領としての判断力に疑問を呈するさまざまな言動が目立っている。

 政府当局者、医療専門家たちも懸念する去る2日、大統領入院以来の「不可解な言動」の具体例を列挙すると:

  1. 去る4日夕刻、血中酸素濃度が一時低下し「きわめて深刻な状況」(マーク・メドウズ大統領首席補佐官)だったにもかかわらず、大統領は「病室内の退屈」を理由に医師団の制止を振り切り、短時間だけ武装車両に乗り込み病院外の周辺住宅街を強行ドライブした。車内には護衛のためシークレットサービス数人、運転手らが感染のリスク冒して同行を強いられたため、衛生上の安全を全く無視した大統領の暴挙に医療関係者、報道陣から激しい非難が渦巻いた。
  2. 翌5日早朝から午前中にかけて、大統領は全米支持者に向け、11月3日に迫った大統領選を意識した投票呼びかけの1語だけのツイート「vote!」を立て続けに20回以上も発信した。大統領の個人ツイート発信は就任以来、10万回以上に達しているが、同じ日の短い時間内で同一メッセージをこれだけ頻繁に発信した例は過去になく、その“非日常的行動”はマスコミだけでなく、医療専門家の間でも論議の的となった。
  3. 退院直前の同日朝、大統領は病室の執務デスクから自らのツイッターで国民向けに「コロナ・ウイルスを恐れるなDon’t be afraid of Covid」「コロナにあなたの人生を支配させるなDon’t let it dominate your life」などと書き込んだ。このメッセージは、全米感染者が700万人を突破したコロナウイルスの猛威を軽視し、国民の警戒を緩めさせる無責任で危険な発言だとして、世間で猛烈な批判を浴びた。
  4. 同日夕、投薬による副作用を含めた経過観察のため「最低1週間程度の入院治療が必要」との多くの感染症専門医の指摘にもかかわらず、大統領はホワイトハウス側近たちの慎重意見も無視し、半ば強引なかたちで退院、ホワイトハウスにヘリコプターで舞い戻った。邸内に入る直前、庭園を見渡すバルコニーから報道陣のカメラの放列に向け、それまで着けていた自分のマスクを邪魔もの扱いするようなポーズではぎ取って見せた。完治とは程遠い状態で急遽、退院してきたため、ホワイトハウス内は大混乱となり、スタッフたちは感染のリスクを避け、大慌てで自宅に緊急退避。このため、とくに大統領執務室のある「ウェスト・ウイング」(西館)は一時、“ゴーストタウン”(ワシントンポスト紙)と化したと報じられた。
  5. 同6日、大統領は再びコロナの脅威についてツイッターで発信「大騒ぎする必要はない。コロナの致死率はインフルエンザより低い」などと書き込んだ。すでに国内死者22万人という最悪状態をもたらしたコロナの実態をまったく無視した事実誤認の発言は、世間で猛反発を招いた。
  6. 同7日、大統領は執務室に入るやいなや、無謀にも、議会民主党と協議中だったコロナ関連追加経済対策法案について、「審議打ち切り」命令を下した。2兆ドルに上る同法案は、ナンシー・ペロシ下院議長とムニューシン財務長官との間で最後の詰めの協議に入っていたが、すべてご破算となった。同じ頃、ジェローム・パウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長は「早急な経済追加対策抜きではアメリカの経済は壊滅的状況economic catastropheに陥る」と警告したばかりだった。大統領は4日前には、病室からのツイートで「追加対策法案についての両党早期合意」を呼びかけており、ウォール街も混乱状態を引き起こした。
  7. 同日、病状完治の確認もないままホワイトハウス内のローズガーデンに姿を見せた大統領はビデオカメラを前に、「自分がコロナ感染したことは神からの恵福a blessing from god」と語り、さらに退院後も投与を続けている未承認抗体医薬「リジェネロン」について「ミラクルだ。最高の気分だ。国民の誰も無料で手に入れるべきだ」とアピールした。しかし、「神からの恵福」発言はすでに命を落とした多くの市民とその遺族たちの気持ちを逆なでした暴言だとして、全米各地から多くの非難の声が寄せられた。また、ニューヨークタイムズ紙は、大統領が「最高の気分」となるまでに診察と治療に要した費用は莫大な額に達していることを指摘した上で「国内各地には感染しても、まともな治療を受けられず苦しんでいる人たちが大勢いることを肝に銘じるべきだ」と酷評した。

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