Washington Files

2020年12月14日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

 政権末路が近づくにつれトランプ大統領の対中国戦略の矛盾が露呈してきた。中国経済包囲網を意図したはずの「環太平洋経済連携協定」(TPP)から大統領自らが勇んで離脱した間隙を縫って中国が参加の意向を表明、かえってアジア太平洋における中国の勢力拡大に塩を送る結果を招いてしまったからだ。

(liulolo/gettyimages)

 このところ、中国の習近平政権は「わが世の春」を謳歌し始めているようだ。先月15日、アメリカの参加しないメガ貿易協定「地域的包括的経済連携」(RCEP=アールセップ)が正式に締結されると、李克強首相が間髪入れず「多国間主義と自由貿易の勝利」とその意義を高らかに謳い上げた。続いて習近平氏がその余勢で同月20日、アメリカの抜けたTPPへの参加を「積極的に検討する」と言明した。

 RCEPは、東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国と中国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの15カ国が参加する自由貿易協定構想であり、協定が目指す貿易開放度は世界貿易機構(WTO)協定の水準を大幅に上回り、域内国家間の経済活動も一段と活発化することが期待されている。なにしろ、世界人口の半分そしてGDPの3割をカバーするという世界最大規模の地域取り決めだ。メンバーから外されているアメリカにとっては、まさに垂涎の的と言っていいだろう。

 ただ、めざす関税撤廃率は参加国全体で91%にとどまっており、もともとアメリカが重視してきた中国除外のTPPの99%にくらべると明らかに見劣りがするのも事実。

 目標達成時期も長いスパンを想定しているため、TPPがメジャーリーグだとすれば、参加国数ではこれを上回るRECPはマイナーリーグ、との指摘もある。

 それだけに、アメリカとしては、中国が持ち上げるRCEPがはなばなしいデビューを遂げた後も、メジャーリーグでリーダーシップを発揮し続けている限り、将来的にも大した不安材料にもならなかったはずだ。

 ところが、戦略展望を就任当初から欠いたトランプ大統領は、前任者のオバマ大統領が肝いりでTPPを実現させたという単純な理由で同協定からの離脱を決定した。その上、政権発足当初から、中国との関係拡大を重視、両国首脳の相互訪問まで実現させ、習近平国家主席を「偉大な指導者」と高く評価さえした。トランプ政権は末期になって、今度は手のひらを返したように「中国脅威論」を声高に叫び、「反中国キャンペーン」を前面に押し出している。

 TPPはオバマ政権当時、共和党議会指導部も積極支持を表明しており、大半の米国民が評価する超党派的貿易協定だった。しかし、トランプ氏は、離脱で結果的に習近平政権を喜ばせ、さらに今度は、RCEP正式締結の事態に直面、アメリカの孤立感を一段と深める結果となった。身から出た錆、自業自得とはまさにこのことだ。

 もちろん、アメリカにとってアジア太平洋地域においては、TTPを度外視したとしても、アジアの21の地域と国から構成される「アジア太平洋経済協力会議」(APEC)が厳として存在する。

 しかし、APECはTPPやRCEPなどと異なり、最大の弱点は参加国の取り組みが自主的かつコンセンサスに基づく協力であり、合意内容に何ら拘束力を持たないことだ。このため、1989年第1回会合がオーストラリアで開催以来、今日に至るまで年1回ペースで各国首脳が集まり会合を開いてきたものの、自由貿易拡大につながるめざましい成果はほとんど挙がっていない。

 さらにアメリカにとって新たな難題として飛び出してきたのが、中国によるTPP参加の動きだ。今のところ、単なる意思表明であり、参加実現に向けた中国側の具体的アプローチはまだ見られないが、強大な権力基盤を固めつつある習近平国家主席の意向であるだけに、今後、全力を挙げて参加諸国に対する外交攻勢に出ることは間違いない。そしてもし、加盟が認められれば、「中国包囲網」という当初の性格が変えられるだけでなく、東南アジア諸国連合(ASEAN)との経済協力関係強化の足掛かりをつかむことになる。このこと自体、アメリカのアジア戦略の大誤算だ。

 もちろん、中国にとってTPP参加のハードルは決して低くない。

 TPP協定には「加盟条項」(第30.4条)があり、新たに加盟するには①既加盟国間で加盟条件を交渉するための作業部会を設置②作業部会で合意に達した場合、閣僚級委員会に報告書提出③委員会で加盟条件を最終承認―のプロセスをクリアする必要がある。その際に厄介なのは、すべての既加盟国に拒否権が与えられており、1カ国でも反対があれば、加盟は認められないことになっている点だ。

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