Washington Files

2020年11月19日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

 トランプ大統領の「敗北宣言」拒否でバイデン次期政権への移行作業が停滞する中、そのすきをつき北朝鮮、中国、ロシアなどが危険な行動に出るのではないかとの懸念が、米安全保障問題専門家たちの間で高まっている。

(Bill Chizek/gettyimages)

 米国では過去長きにわたり、大統領選挙での勝敗確定直後から現、次期大統領双方の政権移行チームによる政策、人事および軍事機密情報の入念な引継ぎ作業がスタートするのが通例となってきた。 

 しかし、トランプ大統領は選挙結果が判明し10日以上たった現在に至るまで、「敗北宣言」を拒否、来年1月20日に向けてのスムーズな引継ぎ態勢づくりを無視しているため、「政治的空白」を生む危うい状況が続いている。

 その中で直近で懸念されているのが、世界情勢の現状分析について国家情報長官が大統領のために毎日作成する最高機密「デイリー・ブリーフdaily brief」へのアクセス問題だ。

 筆者はかつてワシントン特派員時代、フォード(共和)→カーター(民主)、カーター→レーガン(共和)、ジョージ・ブッシュ(父)(共和)→クリントン(民主)各大統領の選挙後の政権移行プロセズを直接取材してきたが、勝敗確定後の「敗北宣言」に続く「勝利宣言」とほぼ同時に両陣営による政権移行チームが組織され、専門スタッフたちがホワイトハウス、国務省、国防総省などの関係部署をあわただしく出入りする場面に何度も出くわしたことを鮮明に覚えている。並行して、大統領が毎日受けるデイリー・ブリーフィングについても、選挙結果判明の翌日には、CIA担当官数人が次期大統領の自宅に出向き、同内容の説明を1月20日大統領就任式まで連日行ってきた。

 また、ジョージ・W・ブッシュ(子)氏は結果が大統領選で確定した2008年11月4日から6日後には、大統領就任式を待たずオバマ次期大統領をホワイトハウスに迎え入れ、数時間にわたり、懸案となっている重要国際問題などについて懇切丁寧に説明を行った。

 オバマ大統領も2016年の大統領選の結果が判明した11月6日の直後には、トランプ次期大統領をホワイトハウスに招き、喫緊の重要課題である北朝鮮核問題などいくつかの懸案について詳しく説明してきた。並行して、マクダナウ首席補佐官がプリーバス次期首席補佐官に数回電話を入れ、政見引継ぎのための包括的プランについて綿密な協議を行った。

 ところが、トランプ大統領の場合、いまだに敗北を認めていないばかりか、1963年施行「大統領政権移行法」の規定があるにもかかわらず、担当部局に対し、引継ぎ作業開始のゴーサインを何ら出していない。同法は①大統領は選挙6カ月前からホワイトハウス内に「政権移行調整会議Transition Coordinating Council」を設置する②平和的かつ秩序ある権限移行を進めるため、次期大統領は選挙後ただちに国家安全保障上のブリーフィングを受けるほか、「一般サービス庁」(General Services Administration=GSA)統括の下、政権引き継ぎ作業に必要なオフィス、人材、資材その他一切の便宜を受ける権利がある③GSAは「政権移行調整官」を指名し、新旧両チームによる円滑な引継ぎ作業を統括する―などを具体的に定めている。

 しかし、現段階ではこれらの規定はどれ一つ実行されておらず、トランプ大統領が任命したGSA長官も作業開始の署名を頑固に拒否し続けているため、バイデン政権移行班はいまだに政府官庁への出入りすら認められていない。

 こうした中で、最も危惧されるのが、米政府内の混乱時に乗じた敵対国による挑発行為や国際危機が発生した場合の対応の遅れだ。

 実際に、①1981年カーター政権からレーガン政権への移行期間中に、解決に向けた交渉が継続中だった「イラン人質事件」でイスラム過激派の態度が一時硬化した②1988年、レーガン政権からブッシュ政権への移行期間中に、米パンナム旅客機がスコットランド・ロッカビー上空で爆破された③1992年、ブッシュ政権からクリントン政権への移行期間中にアフリカ・ソマリア情勢が険悪化、暴動鎮圧目的で米軍部隊が急派された④2009年、ブッシュ政権からオバマ政権への移行期間中に、アルカイーダ系統の過激派組織アル・シャバブが大規模武装蜂起に出るとの秘密情報が入り、ホワイトハウス地下のシチュエーション・ルームで両陣営の安全保障チームで対応を協議した―などといった緊迫した状況があった。

 政権移行問題に詳しい非営利研究組織「大統領政権移行ゼンター」のディビッド・マーチック所長はワシントン・ポスト紙の取材で、上記のような過去のケースに言及「いくつかの敵対国は、今アメリカが政権移行に心を奪われてしまっていると思い込んでいる。けっしてそうではないことを立証することこそが、わが国家安全保障上の利益になる。もし、今回、円滑な政権移行に失敗すれば、アメリカの国家安全保障、経済安全保障そして保健安全保障上のリスクをもたらすことになる」と述べ、トランプ政権に早急に政権引き継ぎに応じるよう促した。

 当面、米国安全保障専門家たちが、政権移行の混乱につけこんで予期せぬ行動を起こしかねない「敵対国」として警戒するのが、北朝鮮、中国、ロシア、イランなどの諸国だ。これら各国首脳はいずれも、欧州、アジア主要各国のほとんどが米大統領選で勝敗が確定した直後、「当選祝福」の電話を入れ、次期米政権との新たな関係構築の意向を表明したのと対照的に、いまだに不気味な沈黙を守り続けている(中国は外務省報道官がバイデン氏の「次期米大統領当選」に言及したが、習近平国家主席はバイデン氏と直接電話会談を行っていない)。

 このうち、とくに懸念されるのが、北朝鮮の動きだ。

 北朝鮮との核交渉に直接携わってきた経験のある国務省元高官エバンス・リビア「外交問題評議会」上級スタッフは去る9日、「タイム」誌(電子版)とのインタビューでこう語っている:

 「バイデン次期政権は発足後ただちに北朝鮮との『核対峙』に巻き込まれることになるが、ピョンヤン体制は米大統領就任式の直前あるいは直後にも、核交渉における北朝鮮側のスタンスを新大統領に印象付け、交渉のテコを強化する目的で核実験または長距離ミサイル発射実験に踏み切る可能性がある。トランプ大統領は北朝鮮の残忍な独裁者との親密な関係を誇示し、自分が戦争を回避してきたと宣伝してきたが、多くの専門家が、両者間の首脳会談は核廃棄に向けての何らの進展ももたらさなかったとの見解で一致している。それどころか、バイデン・チームは北朝鮮側の核兵器蓄積と度重なる中距離ミサイル実験に目を背けてきたトランプ手法の失敗のかずかずを想起させられることになるだろう」

 もし、実際に北朝鮮がバイデン就任直前にも大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験に踏み切った場合、軍事的対応も含め米側の政権・政策引き継ぎは皆無状態だけに、米政府、議会内で大きな混乱を巻き起こしかねない。

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