——オバマ大統領はアフリカ系初の大統領として話題になりました。
渡辺氏:オバマ氏については、2008年当時から、「初のアフリカ系大統領候補」として、父方のアフリカ系のルーツばかりが強調されていました。オバマにとってアジア系の多いハワイが故郷である経緯のほか、インドネシアを専門とした文化人類学者だった母親のことや、オバマの継父であるインドネシア人を父にもつ妹さんのことは、アメリカのメディアでもほとんど正しく伝えられていませんでした。
オバマは大学入学まではハワイとインドネシアで育ちました。アジア太平洋のルーツを政治的にミスリーディングな意図をもたずに、正確に伝えるのは、アジア人として日本人として、運命的なオバマ擁立にいあわせた私の使命と考え、シカゴ大学や民主党の関係者の協力を得て、オバマの恩師、親友などを訪ねてハワイ、インドネシア、シカゴ、カリフォルニア、ワシントンに取材に飛び、独自のインタビューで伝記を書き上げました。詩人・作家としてのオバマはあまり知られていなかったので、オバマの詩を翻訳し、インドネシアでお会いした従兄弟の方には貴重な写真も提供していただきました。
——アメリカ人でないということで評伝を書く難しさがあったのではないですか?
渡辺氏:外国人が大統領の評伝を一次情報で書くことは珍しいし、無謀と思われがちです。アメリカ国内では、悲願のアフリカ系大統領ですから、アフリカ系論壇がオバマ論の中心になるのは当然でした。しかし、興味深かったのは、オバマの同窓生のハワイの日系人コミュニティやインドネシアにいるオバマの母のかつての友人たち、民主党のオバマ政権関係者に、アジア太平洋の大統領という着眼に共感してもらえたことです。
ハワイでは、2011年11月にオバマ関連のイベントがホノルルで開かれ、学者で絵本作家でもあるオバマの妹のマヤさんと一緒に登壇させていただきました。オバマの母校プナホスクールでは、ハワイ関連章の英訳を学校関係者が作成し、授業で生徒たちに紹介してくれました。インドネシアでは『ニューヨークタイムズ』の記者らとのインタビュー競争もありましたし、イギリス人の学者から私が集めたインタビュー記録について問い合わせを受けたこともあります。
ただ、オバマの魅力的なルーツを探る『評伝』の取材過程で「オバマを受け入れない」あるいは「受け入れにくい」アメリカの姿も浮き彫りになりました。オバマは実に複雑な存在で、アメリカの一般の人にも説明しにくい。ハワイやインドネシアの歴史や、オバマがシカゴでしていた「コミュニティ・オーガナイジング」が何なのかも説明しないといけない。ただの地域奉仕活動ではありません。