2022年12月5日(月)

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2021年5月31日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

43年のロンドン五輪、4年後に繰り延べ

 返上、中止になった場合、本当に再開催は困難になるのか。

 過去、延期、中止になった夏季、冬季5回のうち、第13回ロンドン大会をとってみる。

 1944(昭和19)年に開催されることが1939(昭和14)年のIOC総会で決まっていたが、開会直前、終盤に入った第2次世界大戦の戦局が激化、やむなく中止が決まった。

 戦争が終わった45年11月、IOCはロンドン市長に対し、48年に開かれる戦後初の14回大会にあらためて立候補することを勧めた。ロンドンもこれに応じ、翌年の郵便投票でボルチモア、ミネアポリスなど米国勢を抑え再誘致を実現した。

 しかし決定後も、戦後の財政難や物資不足など困難な状況にあったことから開催に自信が持てず、アメリカに譲ることも検討された。国王ジョージ6世が、「戦争からの復興を世界に示すことができる」と鼓舞、予定通り開かれたという逸話がある。   

 ジョージ6世はエリザベス女王の父君だ。

 ロンドンの場合、いったんは中止という形をとったが、実際には戦争という事情が考慮された4年間の延期とみるべきだろう。

 この大会には敗戦国である日本、ドイツは招待されなかった。

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