たとえば、DNAのヒストンと呼ばれる部分の尾にメチル基がつく(メチル化される)と、遺伝子は不活性化する。ある細胞でいったんメチル化のパターンが確立すると、それはその細胞のすべての子孫に安定して受け継がれる。このように、継承されていくメチル化による変化は「エピジェネティック(後生的遺伝)」と呼ばれる。
<環境が発生を変えるいくつかのメカニズムを、今や完全に理解できるようになった。食物、温度、母親の状態そして社会的相互作用さえも、発生を変えることができる。多くの場合、これは遺伝子発現の変化を通して起こる。遺伝子発現は(細菌が腸の遺伝子の発現の変化を誘導するときのように)直接的誘導または(チョウの翅の色や、筋肉肥大でのように)神経内分泌系によって変えられる。そのような遺伝子発現の違いが、DNAのメチル化や転写因子の活性化によって仲介されるという証拠もある。>
ほんものの「教科書」
本書の真骨頂は、このエキサイティングな新しい生物学を「研究者や学生たちが読める一冊の本」にまとめたこと。ほんものの「教科書」とはこういう本をいうのだ、と感嘆する。
難しい内容が直球で書かれているのだが、あきらめずに「次へ、次へ」とページを繰りたくなる。その理由のひとつは、最新の研究成果や興味深い実例がふんだんにちりばめられていること。写真やイラストが面白く、かつ美しく、これぞ生物の本の醍醐味といえる。
百科事典のように分厚くずっしりと重い本を膝にのせ、おもむろにページを開く。最初に現れるのは、赤い警戒色を発する短躯のオタマジャクシと、長くほっそりしたオタマジャクシの写真。春に孵化するガの幼虫(樫の花穂に似ている)と、夏に孵化する幼虫(樫の小枝に似ている)の線描。体が大きくカラフルなオスのベラと、黄一色の地味なメスの集団の美しい水彩画。
いずれも、環境からの合図によって、同じ種の個体であってもまったく異なる表現型になる、という知見を効果的に見せている。
カリブ海のサンゴ礁に棲む魚、ベラの一種は、遭遇したほかの個体次第で自分の性が変わる。一匹のオスがたくさんのメスを縄張り内に守っているサンゴ礁に、性的に未成熟のベラがやってくると、その訪問者はメスになる。しかし、オスによって防衛されていないサンゴ礁なら、その訪問者はオスになる。もし、縄張り内でオスが死ぬと、そこにいるメスで最も大きな個体が一日以内にオスになる。卵巣が縮んで、精巣が発達してくるというのだ。
これほど顕著ではないにしても、ヒトでも実にさまざまな環境との相互作用が起きていることに驚嘆する。
4つの遺伝子を入れて細胞を初期化した山中教授らの研究に象徴されるように、私たちはいま、生命の秘密を探る次の扉を開けたのだ。
書斎や居間にいながらにして、「エコ‐エボ‐デボの夜明け」を目の当たりにできる。なんと贅沢な時間だろうか。
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