2022年7月6日(水)

家庭医の日常

2021年8月27日

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葛西龍樹 (かっさい・りゅうき)

福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座主任教授

1984年北海道大学医学部卒業。北海道家庭医療学センター設立および所長を経て、2006年から現職。英国家庭医学会 最高名誉正会員・専門医(FRCGP)。日本プライマリ・ケア連合学会監事。著書に『医療大転換 ─日本のプライマリ・ケア革命』(ちくま新書)など多数。

 昨今の新型コロナウイルス・ワクチンについてのインフォデミックから考えても、必要な医療の情報をSNS上で探したら、さらに膨大な有象無象の情報が溢れていて収拾がつかなくなるだろう。

 ちなみにインターネット上で英語をキーワード(例えば「PSA test」)にして検索すると、(当然英文のサイトが出てくるが)そこには公的保健医療機関、学術団体、医科大学が上位を占める。患者向けのサイトもある。もちろんそれぞれのサイトの管理者の意図はあるものの、情報の一定の質は担保されていると期待できる。

著名人の「サクセスストーリー」には要注意を

「たしか会社の部下の人たちが『社長も前立腺がんの検診を受けたらどうですか?』って言ったんですよね」

「そうです」

「会社で誰か前立腺がんの検診を受けた人がいるんですか」

「いや、先生もテレビで見たでしょう。あの有名な俳優が、人間ドックで前立腺がんが見つかって『命拾いしました!』って言ってたのを」

「ああ、そんなことがありましたね」

 この手の「サクセスストーリー」が一般の人の医療についての考えや行動に与える影響は少なくない。多くの場合、メディアは成功体験を持ち上げ、自治体や医療機関は「だから、がん検診を受けましょう」というキャンペーンにつなげたがる。

 しかし、その俳優と家族が引き続く検査で被った費用や時間も含めた苦痛と不利益、そして症状を出さないとしてもがんを持って生きるということへの不安など、その検診がもたらすもしかしたら不必要で過剰だったかもしれない医療について語られることは稀である。ここで「もしかしたら」と言うのは、多くはないが一定の割合で、進行が早いがんが存在していて、そこへ初期に適切な治療ができ、その人と家族の幸福につながることもあるからだ。

 前立腺の疾患に関連する症状(尿貯留、排尿時、排尿後の異常、下腹部膨満感、体重減少など)がK.W.さんにないことを再度確認してから、私は彼に促す。

「さあ、K.W.さん、これまでのことをまとめて考えてみましょう。前立腺がんの検診を受けるかどうかについて、今、どんな風にお考えですか」

「そうですねー、まだ急がなくてもいいかなって思います。3カ月ごとに高血圧でここへ受診するし、何か心配になったらその時に相談できるので安心です」

「私もK.W.さんの考えに賛成します。心配になったらいつでも相談して下さい。奥さんはどうでしょうね。前回の奥さんの受診時にK.W.さんの検診のことを気にしていましたよ」。奥さんの家庭医も私なのだ。

「昨夜、家内ともちょっと話したんです。彼女も納得すると思います」

「ぜひ、奥さんにも今日私たちが話しあったことを伝えておいて下さい」

「わかりました。先生、前立腺があるので『男はつらいよ』ですね」

「いやK.W.さん、女性にも乳がんで同じような不確かさがあるので、『女もつらいよ』ですよ。では、2カ月後にまたお会いしましょう。どうぞお大事に!」

 最後に言った駄洒落は冴えなかったなあ、と反省しつつ、私は診察室を出るK.W.さんを見送った。

  
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