2022年12月8日(木)

家庭医の日常

2021年9月25日

»著者プロフィール
著者
閉じる

葛西龍樹 (かっさい・りゅうき)

福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座主任教授

1984年北海道大学医学部卒業。北海道家庭医療学センター設立および所長を経て、2006年から現職。英国家庭医学会 最高名誉正会員・専門医(FRCGP)。日本プライマリ・ケア連合学会監事。著書に『医療大転換 ─日本のプライマリ・ケア革命』(ちくま新書)など多数。

 ちなみに、前述の『高血圧治療ガイドライン2019』では、「高血圧患者における減塩目標を6 グラム/日未満にすることを強く推奨する」と記載されている。1日の推奨目標を軽く超えるメニューを注文するにはかなりの葛藤があるはずだ(多分)。コロナ禍で利用が増えている料理の宅配については、塩分を表示していないものがほとんどである。巣ごもり生活が続くウィズ・コロナの時代で、生活習慣の不健康化は大きな懸念だ。

成功の鍵握る「動機づけ面接」

 患者の健康のために生活習慣の改善を勧めたい場合、家庭医は「動機づけ面接」という技法を使う。もともとこれは嗜癖(しへき)のある人のケアのために英国と米国の2人の臨床心理専門家によって開発されたものだが、今では、多種多様な健康に悪い行動や生活習慣を変えたい人たちを援助するために、より多くの状況で幅広く使用されている。

 「嗜癖」とは、日常あまり使われない言葉だが英語ではアディクション(addiction)で、もしかしたら英語の方がよく知られているかもしれない。アルコールや薬物などの特定の物質や行動を強く好む傾向のことであり、依存症、乱用、中毒などとの区別が難しい場合もある。

 「動機づけ面接」の基本は、T.K.さんの価値観を見出すことであり、彼からのチェンジトーク(変化の必要性、願望、理由、方法などについての仮の考え)に気づき、T.K.さんの生活状況で彼自身のやり方で進めていけるように支援することだ。成功への鍵は、考えが患者から来ることで、医師からではない。だから、私は最初からT.K.さんがどう考えるかにこだわっていたのだ。

 ここで、今日の診察の最初の方でT.K.さんが「コロナが流行ってるんだから何とかしないといけないですよね」と言ったことを私は思い出す。正にこれがチェンジトークである。これをテコにしてT.K.さんを支援していけるだろう。私は希望を見出し安堵する。

 ただ、T.K.さんの健康づくりを支援するには、減塩以外にも、運動、減量、禁煙、節酒、ストレス、とまだまだ話し合わなければならない多くの課題がある。案の定、今後の大まかなマネジメントの見通しをT.K.さんに説明すると、彼は悲鳴をあげた。

 「コロナで大変なので、今年ばかりはそんなにあれこれ制限するのは勘弁して下さいよ。今年ばかりは……」

 「今年ばかりは、ですか……ま、ぼちぼちご一緒にやって行きましょう。まずは家庭血圧からですね。よろしくお願いします!」

 次回の受診日を決め、診察室から出て行くT.K.さんを見送った後で私は、「今年ばかりは、か」とつぶやいた。

  
▲「Wedge ONLINE」の新着記事などをお届けしています。

新着記事

»もっと見る