2024年7月16日(火)

INTELLIGENCE MIND

2021年11月5日

 アフマディローシャン博士に至っては、運転中の車のドアに吸着式の爆弾をバイクで仕掛けられ12年1月に暗殺された。さらに20年11月にはイランの核開発の中心人物であったファクリザデ博士が、移動中の車の中で、遠隔操作とみられる銃撃によって殺害された。

2012年、イランの物理学者・アフマディローシャン博士が乗車し、爆破された車 (KAVEH KAZEMI/GETTYIMAGES)

 他方、10年9月、イラン鉱工業省はイランが海外から大規模なサイバー攻撃を受け、産業用パソコン約3万台にコンピューターウイルスの感染が見つかったと公表した。このウイルスは「スタックスネット」として知られるワーム(増殖するプログラム)の一種である。スタックスネットは、同年6月にベラルーシに拠点を置くセキュリティーソフト会社が発見していたが、当時、このニュースは注目を集めなかった。しかしこのイランへの攻撃によって、たちまちサイバー業界における関心の的となったのである。

 スタックスネットは極めて高度なワームとして知られている。いったん端末への侵入に成功すると、自身を自動的に更新して存在を悟られないように潜伏する。そしてドイツのシーメンス社製の工場向けプラント制御用ソフトウエアだけを発見すると攻撃を開始し、制御システムのファイルを書き換えてしまうのだ。

 その結果、同制御システムによってコントロールされる機器は設計通り作動しなくなる。このシーメンス社の制御システムは、イランのナタンズにあるウラン濃縮施設の遠心分離機にも使用されており、スタックスネットはこの遠心分離機のモーターを制御するシステムに干渉し、モーターの回転速度を変化させる書き換えを行ったと推察されている。

 こうしてウランの濃縮が想定されていた通りに行われず、核兵器開発に必要な濃縮ウランが十分に生産されなくなる。イランの原子力施設にある多くの遠心分離機が稼働できなくなった。

誰が仕掛けたのか?
謎多き真犯人

 問題はこれほどのワームをどこが作り出したのかということである。さまざまなニュースやレポートが、米国のサイバー戦を担う国家安全保障局(NSA)とイスラエルによる共同作業であることを示唆しているが、今のところ明確な証拠はない。さらにモサドや軍のサイバー・通信情報部隊である8200部隊の関与が噂されている。

 スタックスネットの開発のためには、ナタンズのウラン濃縮施設の制御システムにシーメンス社製のものが使われていることを調査し、遠心分離機の現物を入手する必要もあったであろう。さらに実際にシステムに感染させるためには、部内者の協力が不可欠であるため、そこにモサドの関与があっても何の不思議もない。

 いずれにしてもイスラエルはイランの核開発に対して、執拗な暗殺とサイバー攻撃を行い、その開発を一時的に頓挫させている。想定では15年に核武装するはずだったイランは、21年の現時点に至ってもそれを実現できていない。

 もちろんこれは15年7月にイランと米英仏独中露の間で締結された核合意によるところが大きいが、その後18年5月には米国が合意を破棄したため、現在もモサドはイランの核開発に神経を尖らせているのだ。

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PART6 再エネ増でも原発は必要 米国から日本へ4つの提言
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PART7 進まぬ原発再稼働 このままでは原子力の〝火〟が消える
編集部
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Wedge 2021年11月号より
脱炭素って安易に語るな
脱炭素って安易に語るな

地球温暖化に異常気象……。気候変動対策が必要なことは論を俟たない。だが、「脱炭素」という誰からも異論の出にくい美しい理念に振り回され、実現に向けた課題やリスクから目を背けてはいないか。世界が急速に「脱炭素」に舵を切る今、資源小国・日本が持つべき視点ととるべき道を提言する。


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